年明け 新年の宴 其の二
酒屋へ行くと、おじさんに
「最近この酒人気あるな。大森さんの所のお孫さんが、この間買いに来たー。あっ!もしかして君が勧めてくれた?」
「あっ……まあ一応」
「いやーありがとうね」
「いやいや、こちらこそ」
「で?今度もぬし様?」
「いやいや!前も今回も違いますってー。母親に言われて来ました」
「お屠蘇?珍しいね。確かお父さん飲めなかったよな?」
「はあー。それっぽいのやってみたくなったんじゃないっすかね?」
「ふーん。そういや、お母さんのおじいさんの時はやってたね」
「へー?どんなんすか?」
「ちょっと待ってー」
おじさんは暫く奥に行っていたが、一升瓶より一回り小さな瓶を手にして圭吾に見せた。
「昔ながらの酒なんだけど、瓶を変えて出してるんだ。君のお祖父さんが好きな酒で、当時は一升瓶だったらしい。お祖父さんが亡くなって、正月に来なくなってからも、お屠蘇として買ってたらしいよ。うちの親父が配達してて、俺は数える程度だったなー」
おじさんは懐かしげに言うと酒瓶をレジ台の上に置いた。
「じゃあ、それとこの間のやつを……」
まったく、完全にいえもりさまのパシリと化した感は否めないが、なんだか最近はいえもりさまと仲いいから仕方ないかー。
母親は遅くまでおせち料理の支度に追われているが、今日だけとはいえ、かなり大掃除に頑張った圭吾が、再びテレビの前で、炬燵に根を張ろうとも、もう母親に怒鳴られることもない。
怒られようが怒られまいが、炬燵に横になり潜り込んで、毎年楽しみにしているテレビを見ていると、昨日予約しておいた、年越しそばが蕎麦屋から届いた。
ばあちゃんが生きていた頃は、年越しそばを作って食べたりもしたものだが、やはり蕎麦屋のそばが食べたいーとばあちゃんが言い出し、我が家の年越しは、蕎麦屋の蕎麦を取って夕食に食べる。そして、遅くまで起きていてお腹が空くと、正月の為に作っておいた、いなり寿司か豚汁を食べる事になっている。
ばあちゃんが生ものが苦手だった為、いなり寿司と野菜の煮物、そして豚汁は欠かせない正月のおせち料理だ。その他重箱に入れられる物は、その年によっていろいろ変わるが、大抵それらを圭吾は余り食べない。豚汁だけは喜んで食べる為、圭吾が幼稚園に上がる前から、正月の豚汁は当たり前のように、我が家の正月の卓上に上がっている。
母親が全てを済ませて居間に腰を下ろしたのは十一時を過ぎた頃ー。
「お疲れさん」
父親がみかんを食べながら言った。
「来年はもう少し減らせば?」
「そうね、 あんたあんまり食べないもんね」
「そうそう」
母親は流石に疲れたのか、何も答えずにテレビを見た。
「ちょっとだけ、除夜の鐘聞ける番組に変えて……」
「あっ……うん」
そのまま見ていたかったが、流石に一日中テレビも見ずに、台所に立っていた人の言葉だけに、聞いてやらないわけにもいかず、チャンネルを変える。
暫くすると、除夜の鐘をつく音がテレビから流れ始めた。
「やっぱり、年越しはこれを聞きたい……」
「へえーそういうもん?」
気のない返事をしている内に新年が明けたー。
「なんて変わりばえのしない……」
余程疲れているのか、言葉も続かない。
「正月の料理、一生懸命作るのは目茶苦茶大変なのに、年が明けるのはいつもと変わらないし、いとも簡単に明けちゃうのね」
「まっ、地球は回ってるからね」
「ほんと、そうだわ」
暫く圭吾とテレビを見ていたが、知らない内に二階に上がってしまった。
「じゃー。俺もそろそろ」
父親が立ち上がって居間を出て行った。
毎年の事だが、最後までテレビを見ているのは圭吾だけだ。そして下手をすれば、このまま炬燵で寝てしまう事がある。
ーちりーん、ちりーんー
一人になって暫くテレビを見ている内に、やっぱり炬燵で寝入ってしまった。
微かに鈴の様な音が聞こえて目が覚めた。
「まじか?いやいや、ないない」
自分に言い聞かせて、もう一回寝てしまおうとすると、尚更目が冴えてくる。それでは、付けっ放しのテレビに再び集中しようとしても、気になり始めてしまったら、もうどうしようもない。
空耳だとどんなに自分に言い聞かせてみても、聞こえるものは仕方ない。
圭吾は思い切って、隣の部屋の今や使っていない神棚を覗いた。
「やっぱり」
いえもりさまが、大きな鈴を両手で持って、思いっきりの力で振って踊っている。
ーちりーん、ちりーんー
「いえもりさま、何してんの?」
「これは若さま。明けましておめでとうござります」
「ああーおめでとうーって、何やっちゃってんの?」
「招福鈴を振っておるのでござります」
「招福鈴?」
「此れで〝福〟を呼ぶのでござります」
「福?福ってあの福のことか?」
「さようで。あの福のことでござります」
「うーんまじかー」
意味が到底通じているとは思えないが、そこは持って生まれた性分が幸い?してか気にしない。
「年神様が迷わず来られまするようにー。また福の神様がお出でくださりますようにー。心を込めて振りまする」
「ふーん。なるほどね」
一応理由も解ったので寝たいところだか、もはや目が冴えてしまって眠れない。仕方がないので、再び炬燵に潜って新春を祝うテレビを見る事とする。
年初めの番組だけあって、楽しく賑やかな番組が多い。くだらない事で笑ったりしているうちに、6時を過ぎていた。
ーちりーん、ちりーんー
気がつけば、まだ振っているのかと神棚を覗く。
「⁉︎ げっー誰?」
圭吾は目を凝らして見つめるが、どう見ても金神様ではない。いえもりさまの他にもう一人ー。
「ー誰かいる」
「これは失礼いたしました」
いえもりさまは、招福鈴を下に置いて、背筋を伸ばして側にいる、金神様ではない誰かに深々と頭を下げてから圭吾を見つめた。
「若さま、年神様でござります。どうぞご丁寧にご挨拶をー。我が若主にござります」
「年神様?っすか?」
「若!ご丁寧にー」
「ああー。は、初めまして年神様、田川圭吾です」
「ほほほ。あの幼子が、また随分と大きくなったものよ。以前も逢うておるが、覚えておいでか?」
「いえ。まったく」
「幼き時は私を見て、よう笑うてくれたものだがー。いつの頃からか気づかぬようになったようで、残念であったが、またこうして逢うて話ができようとはー」
年神様は感慨深い様子で言った。
「はあー」
圭吾はちょっと頷いて、何時もの事だが、慌ててスマホを取り出し
「年神様ーっと」
入力して検索する。
「お正月に来る神様かぁー。日の出とともに来るーって……えっ?」
圭吾は窓の外に目をやる。確かに薄っすらと明るくなってきている。
「はあー。実は私めが招福鈴を振っておりましたので、お早くお出でくだされたのでござります」
「えー?だめじゃん」
「遅いよりは、お早いお出での方がよろしゅうござります」
「まじ?そういうもん?」
「そういうもんにござります」
「ー何時もそれにごまかされてるような?ーって、年神様が来てるんだったら、もう鳴らす事ないじゃん。五月蝿いからやめなよ」
「それが若!今年こそは、私めは我が家に、福の神様をお招きしたいのでござります」
「福の神様?」
「はい。悲しいことかな、我が家に福の神様がお出でになられたのはいつの事やら、忘れてしまう程にござります。毎年毎年招福鈴を振っておりまするが、福の神様は聞きつけてはくださりませぬ。口惜しゅうござります」
「うーん。確かに福の神が来た感じは、今までないなあ」
「ほんに私めの力が足りぬばかりにー」
「いやいや、こればかりはいえもりさまの責任はないっしょ?」
「私めは、若さまに福の神様を、ご紹介したいのでござります」
いえもりさまは、目一杯鈴を大きく振って鳴らした。
「いやーありがたいけどね。無理無理!もういいからー。???って、福の神様って豆まきの時じゃねえの?〝福は内〟って言うじゃん?」
「そのような事はありませぬ。新年はめでたき時、この鈴を鳴らしてお呼びしておれば、お気づきになり、おいでくださるやもしれませぬ」
「……くださるかもしれないのね……。だったら、やっぱやめなよ」
しかし、いえもりさまは諦める事もなく、鈴を振り振り踊っている。
「ーって、踊る必要って有りか?」