年明け 新年の宴 其の一
大晦日は世間でも忙しいように我が家でも忙しい。
晦日から大晦日にかけて、母親は圭吾が余り食べないおせち料理を作る為、台所に立ち通しだ。
毎年の事だが、掃除を少しづつこなして来た母親の容量がいっぱいになって、とうとう溢れてしまう。
今年もやはり、台所からお玉を片手に母親が凄い剣幕で、まったりテレビに現を抜かす男二人にまくし立てた。
「玄関と門ー掃除して頂戴!一夜飾りはいけないから、仏壇やお飾りは昨日やったけど、掃除ぐらいはして頂戴!!」
「あー、わかったわかった」
「わかってんなら、さっさとやっちゃってよ!圭吾も、バイトがあるとか言い訳しないで、少しは手伝って!!」
「わかったよ」
「ーったく、毎年毎年……」
母親はブリブリしながら台所へ戻って行った。
ばあちゃんが生きていた時は、もっと沢山作っていたから、小学生だった圭吾は、父親と大掃除係にあてがわれていたが、中学、高校と部活が忙しくなると、晦日、大晦日に掃除をする事しかできなくなってしまったので、少しお役御免となり、部活が終わった年の暮れは、受験勉強の為に流石に大晦日に玄関と門を掃除するだけになった。
今年は昨日までバイトだったので、今日の大掃除を父親と手分けしてやらねば、多分先ほど以上の剣幕で怒鳴られる事だろうー。
「ーさてっと、二階のすす払いでもしてくるわ」
父親はのっそり立ち上がると、そう言って居間を出て行った。
「まじ、面倒臭せえ」
渋々立ち上がると、母親に言われた所をやらねばやばいー。
スエットで外に出ると、思っていた以上に寒かったが、体を動かせば温まるだろうと、そのまま玄関のドアにホースで水を掛け、その後雑巾で手早く拭いていく。
自慢じゃないが身長がある分、手も長ければ足も長い。手も大きければ足も大きい。運動部で鍛えてあるから体も動く。
その気になってちゃっちゃとやれば、ご近所のおじさん達よりも早く済ませられる。
門も玄関と同じ要領で済ませると、二階を掃除していた父親が、掃除機を持って階段を下りて来た所だった。
「下を掃除機かければ終わりでいいってさ。お前の部屋は自分でやれってさ」
「ああわかったー」
圭吾が自分の部屋に行こうとすると
「なんか、今年は埃を払っても払っても、埃が落ちてくる感じで、嫌になっちゃったよ」
たぶん父親は圭吾にではなく、独り言を言っているのだと思うが、ぶつぶつと言いながら居間に入って行った。
ーまあ、父親の意味不はいつもの事なので、気にする事もなく部屋に入ると、窓を開けてはたきを掛ける。背が高いから、天井も簡単に払ってすす払いーとする。
あとは父親が掃除機を掛け終えれば、その掃除機で部屋を掃除すればフィニッシュだ。
居間に行くのも面倒臭くなったので、そのままベットに横になって、スマホを動かし始めた。
ー!!!ー
「あれ?なんか埃っぽいー」
圭吾はベットから起き上がると天井を見上げた。
「!!!」
見上げていると、なんだか目に埃が入る感じだ。
「いえもりさまかー?」
圭吾はそれしか思い浮かばずに二階に上がった。
二階は両親の寝室と、圭吾の部屋ーになる筈だった部屋と、父親の書斎ーといえば聞こえがいいが、一日中パソコンをやったり、本を読んだり、一応寝る事もできるようになっている部屋がある。
その中の、自分の部屋になる筈だった部屋に入った。
圭吾が大きくなったら使う為の部屋だが、今は猫達の部屋になっている。その部屋に入ると、圭吾は天井を見上げていえもりさまを呼んだ。
「いえもりさまー。いえもりさまだろ?何してんだよ?」
パラパラと埃が散ってくるような気がする。
「いえもりさま。いえもりさまー」
幾度か呼ぶと
「若さま、何用にごさりましょう?」
やっぱり、いえもりさまが天井を這ってやって来た。
「やっぱりー。何やってんだよ、埃を立てて」
「すす払いにござります」
「すす払い?」
「さようでー」
「なんで今年に限って」
「今年限りではござりませぬ。毎年やっておりまする」
「へっ?そうなの?……ってか、今迄こんな埃ぽいのなかったぜ」
「若さまも父君さまも、毎年遅くになさりますゆえ、私めは済ませておるのでござります」
「へえー。いえもりさまは毎年、屋根裏を払ってくれてるわけね?」
「さようでー。休んでおりまする外のものを使って、ちゃっちゃと済ませておりまする」
「外のーって、家守さん達?冬眠してんじゃねえの?」
「さようで。体だけ起こして手伝わせておりまする」
「ええ?寝てんのに起こして手伝わせてんの?それって酷くね?」
「起こしてはおりませぬ。体だけ動かしておるので」
「はあ?体だけ?」
「さようで」
「???つまり、彼奴ら寝たまま働かされてんの?まじかー」
「さようで。起こしてはおりませぬゆえ」
「まじかー。いえもりさま、それって操るってやつじゃねえの?そんな技持ってんだ?」
「技とまで申さぬほど、いとも簡単な事にござります」
「ー操られてる奴らは、いい迷惑だけどね」
したり顔のいえもりさまをしみじみと見る。
まじで、奥の深い〝いえもりさま〟だ。
きっと、いえもりさまの全てを知る事は、圭吾の一生では成しえない事だと、しみじみと見つめながら考えた。
「以前は、母君さまがお掃除をしてくださりましたゆえ、神棚も綺麗になっておりましたがー。此処暫くはお掃除されたとは名ばかりで、あれでは年神様をお招きできませぬ。ゆえに、私めが外のものを使い、せめて埃を払う位はいたさねば」
ああなるほどねー。
うちは、料理上手なばあちゃんが元気なうちは、ばあちゃんがおせち料理、母親が掃除を圭吾と父親を使ってやっていたのだが、ばあちゃんが死んでからは、料理を以前の半分程に減らして、母親が作っているのだが、何せ適当をそのまま人間にしたような父子が大掃除をした所で、大して綺麗になる筈もなくー。
まあいいかーで過ごして来たが、こんな所でいえもりさまに、責めてるつもりはないだろうが、結果として責められるとはー。
「適当でごめんね」
「まことに……。年神様のみならず、福の神様もおいでくださりませぬ」
「やっぱ責めてんじゃん……」
「はい?」
「いやいやなんも……。ああわかった!今年は頑張ります!」
圭吾は仕方なく大掃除を頑張る事にした。
すす払いから、窓拭きーと、いえもりさまの指示のもと……。
夕方になりやっと済んだ頃
「若主さま」
またまた神妙にいえもりさまが言った。
「なんすか?」
流石にヘロヘロになった圭吾が答えると
「年始の挨拶の年賀が欲しゅうござります」
と言い出した。
「何それ?」
「年賀にござります」
「年賀状?」
「違いまする。年賀でござります」
「どうすりゃいいの?」
「……できますれば、例のご酒を……」
「ええ?やだよ」
「そこのところを……」
「ええ?何本?」
「……できますれば、二本……。小さめのでかまいませぬゆえ」
「はあ?……もお」