残りの月 猫殺しばばあ 其の終
数日後、浜田さんの息子が交通事故を起こしたという話を、母親は聞きつけて来た。
「彼処のおうち、悪い事が重なって、お嫁さんが大変らしくて、なんだがやつれてたわ」
「交通事故だろ?」
「そうそう。だけど前に救急車が朝早く止まったじゃない?あれやっぱり浜田さんのご主人で、癌がかなり進んでて癌センターに入院してるんですって。お父さんの癌センターに車で毎週通っていて、息子さんが事故ったみたい。幸い子供達の用事で、お嫁さんと子供達は乗ってなかったけどね。浜田さんが乗ってて、人身事故じゃなかったし、怪我も軽くて済んだみたいだけどー」
「じゃ入院しなくてよかったんだ」
「ううん。息子さんはしばらく入院するようだって……。ところがこの間から、浜田さん変だったじゃない?どうやら呆けてきてるみたいよ」
「えっ?」
「最近変だから息子さんと話して、近々病院に連れて行こうって、言ってた矢先だったんですって。事故の日も、車の前に猫が居るだとか、わけのわからない事言い出してたらしわ。子供達もまだ小さいし、旦那さんにお義父さんに浜田さんでしょ?お嫁さんの方が参っちゃってたわ……。遠方に嫁入りした娘が居るんだけど、流石に来て貰って、浜田さんの事とか相談してるらしいけど、其方もいろいろ大変らしくて、ずっといる事はできないらしいよ。あれじゃ、浜田さんは施設行きでしょ?どう考えたって、面倒見れないもん。間門さんにしても、浜田さんにしても、やっぱ殺ってたのね。絶対殺ってるから祟られたのよ!……どう考えたって、あれは祟りだわ。気の毒に思うけど、ちょっといい気味」
母親は言葉通り、多少の気の毒と、ちょっとのざまあみろーを、顔面一杯に表して言った。
「いえもりさま。マジ俺気をつけるよ」
「は?」
「万物に怨まれないようにする」
「それは良き心がけにござります。流石は若さま」
「だって……。祟りが原因だって知っちゃったもんなー。マジ萎えるしょ?」
「さようでござりまするかー」
「祟り鬼怖え」
「若さま。恨みとはほんに恐ろしきものにござりまする。このように若さまのお心を煩わせるも、先先代様が生前、彼処の先代と関わりを持たれたが為」
「ああ、町内の役員ね?」
「実はその折、先先代様は彼処の先代様と諍いを持たれ、彼処に恨みを買われました」
「またぁー。一体なに?」
「鬼との契約を交わし、彼処は全て順調に事が進んでおりましたが、いざ事が進むと、鬼が何時来るのやらと不安にかられたのでござりましょう。或る寄り合いの後、皆でご酒を交わされた折に、つい鬼の話を口走ってしまわれました。皆々様もほろ良く酔っておられました故、陽気に聞き流されましたが、我が先先代様は下戸。殆ど頂いておりませなんだ故、鬼の話しなど馬鹿馬鹿しいと、長々と説教をなされました。酔った勢いとはいえ、もはや不安が募り、心安からぬ日々を過ごしておればこそ、思わず口をついて出てしまわれた愚痴を、皆の前で馬鹿にした上、そんなのあり得ぬ事と、とくとくと諭して聞かせたのでござりますれば、それはもう彼処の先代から、甚く恨みを買われました」
「はあー。参ったな曾祖父さんー」
「その頃、母君様がご誕生されておられましたのを知り、彼処の先代はあの契約書を、長をしておいでだった先先代に、報告書と共に渡したのでござります」
「えっ?わざとだったんだ?あれー」
「これは、先日金神様より伺いましてござります。しかしながら、これにて悪縁を断つ事ができました」
「……曾祖父さんへの恨みで、おかんは死にかけたってわけか……。とんでもねぇ曾祖父さんだわー。墓は遠いいし、恨みは買うし……しかしマジ怨みって怖えー」
「ほんに恐ろしいものにござりまする」
「……マジ俺気をつけるわ」
「若が、お気をつけ下さるお考えをお持ちくだされただけでも、よろしゅうござりました」
いえもりさまは、ぎょろぎょろっと見廻して、ややこしい言葉を、しみじみと言った。
「ーそういや、ぬし様と行った猫さん達は、どうなった?呪いなんかかけて行ってさ」
「ああ。猫殿達はお元気でござります」
「元気って、死んでんだろ?」
「はあ。死んでおるものもござりまするが、生きておるものもござります」
「えっ?生きてても行けんの?あの世だよね?」
「あの世ではござりませぬ!あの世ともこの世とも繋がっておりまするがー」
「うーん……意味わかんねぇよな毎回。んじゃ、この辺の野良猫が行ったのか?見かけなくなったけどー」
「さようで。自然に囲まれ、食べ物にも事欠くこと無く、それはお喜びのご様子」
「じゃ、もっと早く行ってればよかったのにー。酷い事される前や殺される前に……ってか、可哀想な動物は、みんな其処へ行きゃいいじゃん?」
「そう簡単に行けませぬ。神々様のお許しを頂かねばー。今回はぬし様が土地神様に、あのもの達をお伴とする事をお許し頂いたので、参れたのでござります。ぬし様も長きに渡り、あの土地を護っておられましたゆえ、お許しを頂けたのでござります。ご苦労の甲斐あって、今は昔親しき者達とそれは、愉快に毎日をお過ごしだとかー」
「やっぱあの世じゃん」
「あの世ではござりませぬ」
いえもりさまはぷんぷん怒って、目をぎょろぎょろさせた。
「しかしながら、彼方に居られ猫殿達の怨みも薄れれば、あの者達にかけられた呪いも、あの娘の償いにより、薄れるやもしれませぬ」
「うーん……だといいけどな」
怨みを残すほど、辛い思いをした猫さん達も、その子孫達も今は幸せだと聞くと、ホッとした気持ちになる。そして、怨みが消える程幸せに暮して、呪う気持ちも薄らいでくれればいいと思う。
曾祖父さんは、浜田さんのお父さんに怨まれ、家の者達と悪縁を持った。
浜田さんや間門さんは、非道な事をして猫に怨まれ、不幸なめにあっている。
なんて〝怨み〟とは怖いものだろうー。
できるだけ……万物……全てのものに……怨まれないようにと、肝に銘じようと思う。
何故なら、圭吾には何が怨みを残すものかわからないからだー。
さて、父親が捨てに行った野良の話には、後日談があった。
確かに父親は、文句を言われて、田舎に捨てに行ったが、田舎は田舎でも、父親の実家の田舎だった。
圭吾の家から、車で一時間ばかりの、田畑の広がる田舎だ。
父親の実家は農家で、長男が後を継いでいて、その長男のおじさんは、猫を十匹位飼っている。
飼っているといっても、気ままに昔ながらの大きな家を出入りでき、敷地は広いし裏は林だし、自然が一杯で滅茶苦茶遊び歩ける所だから、こんな所にいるよりも、猫にとっては最高の環境だ。
だから父親がこっそり捨てて来た時には、年老いてよたよたして、何時死んでも可笑しくないようだったが、おじさんちに拾われてからは、とても元気になって長生きをしたそうだ。
何が幸いするかわからない。
以前母親が言っていた、父親の此処にあるものって、一体何だったんだろうー