残りの月 猫殺しばばあ 其の三
「まったく……」
風呂に入ってから部屋に戻ると、圭吾は両親の大人気なさにため息をついて、ベッドに横たわった。
「お珍しくお考えのご様子の……。如何なさられました?」
耳慣れはしたものの、ちょっと違う日本語に違和感を覚えながら、天井のいえもりさまを見つめる。
「いやいや。おかんも父さんも思い込みが激しくてね」
「思い込みでござりまするか?」
「うん。もう浜田さんや間門のお婆さんが〝猫殺しばばあ〟って思い込んだら最後、それがそうでもそうじゃなくても、〝猫殺しばばあ〟になちゃうんだから、まいる」
「猫殺しばばあーでござりまするか?」
「ああ……猫を殺してるって事ー。結局のところ、殺ってるのかどうかはわかんないのに、……してるだろう、が……してる!になるわけね。俺の親はー」
「……それは……してるかもしれませぬ」
「はあ?またまたいえもりさままで」
圭吾はうんざりした様子で、いえもりさまを相手にしない。
「以前……十三夜の宴のおり、猫殿方がぬし様より先に、彼方にお立ちになられました」
「ああ、あの猫さん達ね。目が合ったら挨拶してくれたー。そうだ、いえもりさま達と踊ってた」
「さ……さようにござりまする」
いえもりさまは、ちょっと照れて言った。
「あの猫殿が、呪いをかけて行かれたのでござりまれば、嘘ではござりまするまい」
「え…?え…?どういうこと?」
圭吾は、聞き捨てならないと、身を起こして天井の、いえもりさまを仰ぎ見た。
「どういう……ともうされましても……。間門の婆さまは、子々孫々の呪いをー。浜田の婆さまにつきましては、子々孫々迄とお考えのご様子でござりましたが、ぬし様と共に彼方へ行かれる事と相成りました故、孫の代迄と呪いをかけて、ゆかれましてござります」
「……その、子々孫々……って奴は、なんでしょう?」
圭吾が余りにもくだらない事を聞いたーと、言わんばかりに、いえもりさまは此方を見た。
「子々孫々とは、子孫の続く限りという事にござります」
「子孫が続く限り……って、ずっとじゃん?ええ?自分が死んでも、その子供の子供の子供の……」
「はい。血が絶える迄でござります」
「血が絶えるって……。全滅って事?怖え……」
「これは最も強い呪いでござります。母君様のお父上は、墓守りが絶える迄でござりました」
「墓守り?絶える?」
「つまりでござります。若さまは曾祖父様お祖母様がお眠りになる、かの田舎のお墓を母君様がお亡くなりになられますると、見て行かねばなりませぬ。墓を守り、今迄の習慣通りに、草むしりをし、墓を洗い掃除し、花を手向け線香を立て供物をそなえ、ご住職にお経をあげて頂き、供養をして頂くお布施を渡しー。無論年に最低でも一度は墓参りもせねばなりませぬ」
「その位はわかってるさ。ちゃんと小さい時から、年に一回は墓掃除してるべ?」
「しかるに、母君様の父上様の代々の墓は、今やござりませぬ」
「え…マジ?」
「母君様からお聞き及びではござりませぬか?」
「うーん。なんか言っていたような?」
「もお……お聞きくださりませ」
「なんかちょっと強気じゃね?」
「そのような事ー。とんでもござりませぬ」
「んで、なんだっけ?」
「は、母君様の父上様の代々のお墓が、今は無いという事にござりまするが。それも跡を継ぐべき唯一の男児が、跡取りを作らぬまま死んだからにござります」
「へ?」
「若さまのお祖父様には、五人のご兄弟がおられました」
「そんなに?」
「当時はこの位普通でござりまする。男児三人に、女児が二人にござります。その内ご長男が先の戦争で戦死。ご次男に男児がひとりおりましたが、あとは女児……。他家に嫁がれ男児がおられましたが、他家に嫁がれれば、他家の墓に入りますゆえ、墓守りにはなりませぬ。三男のお祖父様は早死にされ、お祖母様共々此方に参られたが為、母君様は縁を断たれたも同然となり、お祖母様方の墓守りとなられました。兎にも角にもお祖父様方は 、墓守りとなるべきご次男の男児が亡くなった為、家も絶え墓も無くなりましてござります」
「……うーん。つまり、お墓の面倒を見る人が居なくなるって事ね……って、祖父さんの所が呪われてたって事?」
「さようで。墓守りが居なくなり、呪いは解けましてござります」
「呪いーって、猫の?」
「いやいや。彼方は違いまする。お祖父様方のご先祖様は、下級と申せど武家でござりますれば、それ故の怨みを買うたのでござりましょう。普通子孫は増えてゆくのが道理にござりまするが、お祖父様方は細り、結局はあの家を継ぐ者が絶えましたるは、かなりの呪いかとー」
「えー!俺のご先祖様、貧乏公家だけじゃなく下級武士だったりもしたの?それも極貧になって、家が傾いた公家の成れの果てと、呪われて家が絶えた武家の成れの果て?マジ?面倒臭えよぉ」