残りの月 猫殺しばばあ 其の二
圭吾の家から大通りに出て右手に折れると、時間があるとおしゃべりがてら、母親が手伝いに行っている〝猫愛情主義〟と変な名前の喫茶店がある。
もはや定年退職したお爺さんとお婆さんが、老後に若い頃から夢だった喫茶店をやっている。
猫好きな人達で、子猫を母親が保護した時、うちには猫がいた為、貰い手を探す貼り紙を、お願いした事が縁で、親しくなって働きに行く事になった。
〝猫殺しばばあ〟のように、猫が嫌いな人もいるが、猫好きな人も多いもので、そんな人達が毎日集まって、愛猫談話に盛り上がっている。
猫の話しだけではなく、お爺さんの入れるこだわりのコーヒーは、とても美味しいし、お婆さんの作るサンドウィッチや、昔ながらのスパゲティーは、この辺の評判だから、一目で猫好きの喫茶店だとわかる変な名前のお店は、毎日大勢ではないにしろ、お客さんが絶える事のないお店だ。
「ねえねえー」
食事中に、今日は〝猫愛情主義〟に手伝いに行って来た母親が言った。
「あー?」
面倒臭そうに圭吾は母親を見た。
「今日細田さんに聞いたんだけどさー」
ー細田さんって誰だよー
「向こうの通りの間門のお婆さん、何ヶ月か前に〝老人の一人暮らし〟ってやつで、たった一人で死んでるの見つかったんだってー」
母親は左側を指して言った。
この辺には、うちの前にある通りに似た通りが幾つもある。
「えっ?マジー」
「うんー。お隣の細田さんが、雨戸が空かないから、気になって行ってみたら、死んでたんだってー。細田さんは民生委員なのよ」
ー細田さんって民生委員なのかー
「それで警察が入ったりいろいろ大変だった話しから、間門のお婆さんが、凄く偏屈で付き合うのが大変だった話しや、猫や犬や子供を嫌って五月蝿くて、細田さんが苦労した話しーとか聞いたのよ」
「子供?」
「此処は子供が遊んでても、全然大丈夫じゃない?っていうか、おじさんもおばさんも、みんな此処で遊んで大きくなった訳だから、文句言うわけもないけどー。向こうは子供が通りで遊んでると、間門さんが文句言いに言ったらしいよ」
「マジかー?」
「裏の本田さんが犬飼った時なんか、〝その犬家飼いか外飼いか〟って聞きに来たって」
「はあ?」
「〝家飼い〟だって答えたら、〝だったら五月蝿くないわね〟って。〝あんまり鳴かせないでよ〟って言って行ったらしくて、できるだけ間門さんちじゃない方の部屋で飼ってたらしいよ」
「マジげす野郎だなーって、本田さんって祥也さんち?」
「そうそう。小さい時一緒にスイミング行ってたーっていうか、連れて行ってもらってたー」
本田祥也さんとは、圭吾の四つ年上のお兄さんで、スイミングが一緒の時間だったので、一緒にお迎えのバスに乗って連れて行ってくれていたが、祥也さんが小学校を卒業して、一緒に行く相手がいなくなった圭吾は、一年後にスイミングを辞めてしまった。
ーそういえば、祥也さんのうちには、めちゃくちゃ可愛いトイプードルがいたっけ。名前はなんて言ったろう?ー
四つも離れていると、中学校も一緒にならないので、小学校を卒業してからは疎遠になってしまって、こんな狭い街でも顔を合わせる事もない。
「そんな人だったからー。間門さんの近くの大通りに面してるアパートが建て替えする前に、野良猫が大量死する事件があったのよ。圭ちゃんは産まれてたかなー?その、まだ古かったアパートに、ちょっと不気味な〝餌やりおじさん〟が居てね。あの性格の間門さんといざこざがあったりしたんだけど、明け方アパートの階段に、野良猫が何匹も死んでたって騒ぎになった事があったのよ」
「げっ怖ー」
「おう、そんな事あったあった」
父親がちょっと考えて言った。
「でしょ?結局、変な〝餌やりおじさん〟が、餌付けして殺したんだろうって事になって、アパートも老朽化していたし、おじさんも退居させられて、今のアパートに建て替えしたから、知らない人も多いんだけどー。その朝間門さんがアパートで、猫に何かやってるのを見かけた人がいたりして、間門さんが本当はやったんじゃないか?って言われてたんですって」
「へー?そうだったら、罰当たったんじゃねえの?」
「そうなのよ。死んだばあちゃんも、長い事餌やってた人が殺すなんて変だって言ってたのよ」
母親は、其処が大事なところだと言わんばかりに、声を上げた。
「一年もしない内に、間門さんの同居してた息子夫婦が離婚して、お嫁さんが子供を連れて出て行ったんですって。まあ、あんなお姑さんじゃ一緒に居られないけどね。それから半年もしない内に息子さんが交通事故で亡くなってー。娘さんは大阪にいたんだけど、全然付き合いはなくてー。だって息子は可愛がって、娘はほったらかしだったみたいよ。その娘も何年か前に病気で亡くなって、娘さんには子供がいなかったし、誰も面倒を見る人がなくって、結局あんな風に死ぬ事になっちゃったみたい。細田さんも猫の罰が当たったんだろうってー。猫の祟りは怖いらしいよ。〝化け猫〟の話しは一杯ある事だしー」
「〝化け猫〟って妖怪だろ?」
「そうだけど、いろいろあるじゃない?主が殺されて、主の血を嘗めて化け猫になって、恨みを晴らそうとする話しとかー」
「へー?知らね。最近名の売れた化け猫は知ってる」
「もー。それとは違うの。……結局退治されちゃうんだけどねー。化け猫だから」
「あれって、結局退治されちゃうんだっけか?」
「マジダサくね?」
「ダサくないよー。退治されちゃうけど、それ程猫は情が深いって事じゃない?」
「うっ!そう思うわけか?」
「化け猫になって、復讐しようとしてくれる情の深さと、やられた事を覚えていて、嫌がらせする執念深さの、両極端が魅力じゃないー」
「意味わかんね」
「チッ!猫殺しばばあばかりだな。まあ、俺に変な事言わないだけいいかー」
父親は今だに、浜田さんが自分に言ったと、根に持っている。
ー猫のように、執念深くてしつこいタイプだ。
まっ、〝殺してやる〟なんて背後で言われれば、誰だっていい気はしないし、ビビってもおかしくない。
人を見る目も変わるというものだ。