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残りの月 猫殺しばばあ 其の一

 ある土曜日の昼近くー。遅く起きて来ると


 ……????……


 何時も食事の心配をしている母親が、台所にもトイレにも居ない。

「あれ……?おかんは?」

 居間でまったりとテレビを見ている父親に聞いた。

「ああ……猫殺しばばあと話してる」

「猫殺しばばあ……」



  猫殺しばばあ………とは、前の家の浜田さんのお婆さんを指して、父親がいう言葉だ。

 だいぶ前の事だが、隣の通りに自宅猫のみならず、野良猫にも餌をやっている〝餌やり婆さん〟がいる。

 そのお婆さんとは挨拶をする程度なのだが、買い物の帰りに偶然会った母親は、好きな猫の話題で話しが弾み、時間も忘れて立ち話をしていたらしい。

 晩御飯の支度があるので、話を切り上げて別れようとしたその時、〝餌やり婆さん〟は、吃驚する事を母親に言った。

 浜田さんが猫に餌をやるのを嫌って、猫が浜田さんの家の敷地に入ると、捕まえてそれは酷い事をするというのだ。

  流石に信じられない母親に、餌をやっているから野良猫が増えて近所迷惑だと、ずっと対立しているのだが、いくら言っても〝餌やり〟をやめないお婆さんに業を煮やした浜田さんは、敷地に入った猫を捕まえて殺しているというのだ。


 ー只々〝餌やり婆さん〟の言い分だがー


 只々〝餌やり婆さん〟の言い分だがー。それだけですまないのが、残念な事に圭吾の母親だ。

 ビックリ仰天!

 その夜、我が家の食卓でその話しが、繰り返された事は言うまでもない。

 そんなショッキングな事件が身の周り……それも、知っている人間によって行われるとはー。

 猫好きの我が家の中では、大事件と化したー。



 盆も過ぎた頃だったか……。まだまだ夕方に蒸し暑さが残る頃の事ー。

 父親が浜田さんの家の脇の通りを通って帰って来た時の事だ。

 定かではなかった〝餌やり婆さん〟の言う事が、我が家では正真正銘の真実となったー。

 浜田さんと浜田さんの孫が、庭と家の周りに水やりを済ませたのだろう、水を撒いた跡があり、側溝を二人して覗き込んでいた。

 圭吾と違い神経質な父親は、ちょっと妙だと思ったが、挨拶をする事もなく通りすぎると、浜田さんが背後で

「まだまだ全部殺してやる!」

 と、怒鳴った。

 圭吾がビビりなのは父親のDNAー。と言っても過言ではないほどの、ちょーウルトラ鬼ビビりの父親が、身の危険を感じないはずはなくー。

 玄関に飛び込んで来るなり、母親に言いつけた。

「えー嘘!怖〜!!!」

 母親が騒ぎ立てないはずもない。圭吾が学校から帰って来ると大騒ぎになっている。

「あいつ絶対正気じゃない……。俺に聞こえよがしに言うなて、絶対おかしいだろー」

「うーん」

 母親は暫く考えると、あっ!っという表情を作った。

「宮部さんに聞こえるように言ったんじゃない?」

「宮部?」

「ああほら……〝餌やりお婆さん〟の……」

「いやー!絶対あれは俺に言った!〝餌やり婆さん〟なんかいなかったー。あのばばあ、俺に何の恨みがあって言いやがった?」

 父親は思い込みが激しくて、一度思い込んだら最後、人の意見など聞く耳などない。

「流石にお父さんに〝殺す〟なんて言わないでしょ?」

「いいや!言いやがった」

「違う違う。やっぱり宮部さんに嫌がらせを言ったのよ」

「俺に聞こえるように、わざと大声で言ったんだ。第一〝餌やり婆さん〟はいなかったって言ったろ?」

「居たのよ。きっと居たんだわー。だから……」

 憤激していた父親は、少し考える格好を作って母親を見た。

「……じゃ、猫殺して孫と見てたのか?うーんあり得るな、あのばばあなら……」


 ーあのばばあならーと言っても、父親が知る由もないが、もはややっても可笑しくない人間になっている。


「猫殺したって……どうやって?」

「ホースで水撒いた跡があったから……。子猫を捕まえて、水をずっとかけ続けて、水死させたんだ。子猫ならばばあでも殺れる」

「まさか……」

 圭吾が割りいって言うと

「ううん。あり得るかも……お父さんが居るのに、あんな事言うんだから、真面(まとも)な人じゃないわ」

「そうそう。猫を平気で殺して、孫と見てるなんざ、ふてえばばあだ。ーいやいや、ふてえ〝猫殺しばばあ〟だ」

「いやいや……ちょっと待って……」

 圭吾が、妙に息が合って盛り上がっている両親を、落ち着かせようとするが、興奮気味の二人の耳には、圭吾の声は聞こえない。

「頭くる!言いふらしてやろうかしら?」

「やめとけやめとけ!相手にすんなよ、真面な奴じゃないんだから……」

「う……ん」

 母親は納得できないようだったが、流石に珍しく父親の言う事をきいた。


 ーその時から浜田さんは、我が家では極悪非道な〝猫殺しばばあ〟となったのである。



「ええ?〝猫殺しばばあ〟……いやいや、浜田さんがなんで?」

「さあ?〝猫殺しばばあ〟の事なんて、わかるはずもねぇや」

 父親は今だに根に持っているのだろう。不機嫌に言い捨てた。

「まったく……何言ってんのか」

 暫くして母親が、ぶりぶりして居間に入って来た。

「〝猫殺しばばあ〟なんだって?」

「それが変なのよ」

「変なのは何時もだろう」

「ははーそうだけど……。浜田さんの庭にうちの猫がおしっこして、植木を枯らしたって……。外に出すなら尻の躾けしてからにしろーって」

「なんだそれ?」

「そうなのよ。今うちは猫を外に出してないって、いくら説明しても解ってくれない。ほら……圭吾が小さい時餌やってた野良ちゃん……。茶色の雉虎で可愛かったけど、もう年取ってて、近所のお家が飼ってたんだけど、引越しする時置いて行っちゃってー。圭ちゃんがまだ小さかったから、うちじゃ飼えないから、餌だけやってたんだけど、その子が浜田さんの庭でトイレして植木を駄目にしたって、死んだお婆さんが文句言いに来たのよ。お父さんもまだ若かったから、ご近所に迷惑かけちゃいけないからって、少しでも餌の捕れる田舎に捨てに行ったの。うちのばあちゃんが何度も、お婆さんに説明したけど「そうー」って言って横向いてたって、あんな人だと思わなかったってー。そのお婆さん、植木に虫がつく時期になると、割り箸で一匹づつ葉っぱから虫を取って、足で踏みつけて殺すんで、足元に毛虫の死骸が一杯あったって気味悪がってた。流石に嫌いな毛虫でも、あんな風には殺せないってー。あれから、挨拶するくらいしかしなくなったのよ。第一あの頃は、うちだけじゃなくて、この辺の猫好きの人はみんな、野良猫に餌やりして〝うちの外猫〟なんて呼んだりしてたんだから。他のお宅には言いに行かないで、文句言いに来たのうちだけよ! 思い出しただけでも腹が立つ。……その野良ちゃんが庭に来てるって……。あの人本当に変だわ」


 ー茶色の雉虎?うちに今居るのは、茶色の雉虎ではない。雉虎はいないのだ。いや、今この辺の野良猫にも茶色の雉虎はいない。それに、圭吾が小さい頃にいい年だった猫なら、普通もう死んでる。野良猫なら尚更の事だー


「〝餌やりお婆さん〟の所にいない?茶色の雉虎」

「そういえば、最近全然見かけないわよね。野良猫ー」

「あっ……そういえばそうだ」

「悪い事ばっかしてるから、罰が当たってボケたんだろ?もうほっとけよ」

 父親にしてみれば、浜田さんはもはや、自分の身をも脅かすつもりの極悪非道な〝殺猫者(さつにゃんしゃ)〟だ。

 普段は温和な性格だが、自分に害を及ぼすともなれば、言葉も荒くなるし悪くなるというものだ。

 それだけじゃなく、昔の嫌な事まで思い出してしまったから、相当不機嫌になって、二階に上がってしまった。

「野良ちゃんの事は、お父さんもここにあるでしょ……」

 っと、母親は胸を叩いて言った。

「お父さんが一番可愛がってたのよ」

「へー」

「……だけど、本当に浜田さん変だわ」

 母親も流石に関わり合う事は、やばいと思っているようだ。

「ーってか、めし」

「ああ……はいはい」

 母親はそう言うと台所へ行った。



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