十三夜 ぬし様の別れ 其の終
それから数日経った日曜日。
天気が良くて、余り風のない穏やかな日だ。
世間ではそろそろ、紅葉前線なるものが、大きく取り上げられるようになってきたが、今年はまだまだ、今日みたいな日は、歩くと汗ばむ程だ。
「やあ圭ちゃん」
友ちゃんに車の前で呼び止められた。いつも二台置かれている車が、一台なかったので、直ぐに友ちゃんに気がついた。
「バイト?」
「いや遊び」
「へえーいいね」
「友ちゃんは?」
流石に聞いてしまう。だってスコップを片手に持っているから、一体何をするのかと、気にかかって当然だと思う。
「ああ……裏の爺さんが菜園してる所に、 池作ろうかと思ってね」
「池?」
今の時代珍しいと、ちょっと頓狂な声を発してしまった。
「なんかさ……最近がま蛙見かけてさー。ちょっとさ、月見の夢に出てきた、がま殿って奴に似てんのよ。へへ……変だけど気になっちゃってさ」
「よくお爺さん、いいって言ったね」
「まさか、夢の事なんか言うわけねぇじゃん。爺さんの若い頃は、池のある家って以外とあったみたいでさ、小さいやつならいいってー。ほら、隣の木が茂ってる辺り……あの辺?」
「すげーじゃん。自分で作んだ?」
「爺さんに聞き聞きさ」
「それでもすげーよ」
友ちゃんのお爺さんはとても器用な人で、家の裏の、小さい家なら一軒建つ程の菜園には、数は少ないが季節毎の野菜が何時も上手に作られている。
柿の木や蜜柑の木もあり、植木も多少あるが、それらの消毒や手入れも、お爺さんがやっている。
こんな住宅街でも、お隣や友ちゃんの家の、木々や草花や野菜が豊富にある此処ならば、池ができたら、小さいけどきっとがま殿が住むにはいい環境だ。
「マジいいじゃん」
「ーだろ?」
友ちゃんは満足気に言って笑った。
「ところでさ、この間酒屋で酒買って、墓の林に置いて来たんけどさ、夜行ったらもう無くなってた」
「マジ?」
「マジマジ!彼処はあんまし人が行く所じゃねえし。人が持って行ったとは思えないんだけどね」
「じゃ、ぬし様が持ってたんじゃね?」
「うーん……。彼処には居なくなるって言ってたけどな」
「じゃ持って行ったんだよ」
「ああ、なる程ね……持って行ったのか」
友ちゃんは、ちょっと嬉しそうに呟いた。
「同じ酒二本買って行ったべ?」
「えっ?」
「酒屋のおじさんが言ってたぜ。圭ちゃんと話したら、ぬし様の事思い出して、懐かしくなったってー。お爺さんの墓に、同じ酒買って供えたって言ってたぜ。あれ……圭ちゃんだったんだ?」
「あれって?」
「彼処に転がってた酒瓶の空瓶ー」
「いやいやー」
「いやいや、そうだべ?」
「ーいやいや」
「……本家のおじさんが、お婆さんに叱られる夢見てから、急に体調壊しちゃって、だいぶ参ったみたいで、ぬし様に供え物をしげしげと、持って行っているんだってさ。主が居ない空の場所に今更参ったってな」
「かなり具合悪いんだ?」
「すげえぜ。一週間で7キロ痩せたって」
「マジやばくね?」
「それが原因不明なんだと。癌とかでもビビるけど、原因がわからないまま、痩せるし具合は悪いしー。お婆さんに許してくれるよう毎日墓参りして、ぬし様に供え物して拝んでんだってさー」
「毎日かー?」
「そう、毎日だって。本当今更だけどな……。もうぬし様の好きな酒も捧げられやしない。そういえば、酒だけじゃなく、酒屋の真向かいの和菓子屋の豆大福も、よく供えられてたらしいぜ」
「豆大福?」
「そうー。知ってたらもっと早く置いて来たのにな。居なくなってからじゃな」
「がま殿に届けてもらうーってのもありだぜ」
友ちゃんは瞳をキラキラ輝かせて圭吾を見て、意味ありげに笑った。
「ふふふ……」
友ちゃんは幾度も頷くと、まじまじと圭吾を見つめてハイタッチをした。
「ははは……」
それでも友ちゃんは、何も言わずに笑っているので、圭吾もただ笑うしかなく、幾度となく友ちゃんとハイタッチを繰り返した。
ご本家のおじさんの体調は、どんどん悪くなる一方で、一ヶ月も経たないうちに、とうとう東京の大きな病院に入院してしまった。結局病名ははっきりしないまま、幾つも病院を変えたが、体が衰弱してしまった為紹介状を書いてもらい、東京の病院に入院したのだという。
「此れってぬし様の祟りじゃねえよな?」
「ぬし様は祟られたりはいたしませぬ。先代様が、ただただお怒りなだけでござります」
「げっ、やっぱ祟りじゃんー」
ちょっとむくれたように、目をぎょろぎょろさせるいえもりさまを、意地悪にほくそ笑みながら見ていたが、圭吾ははたと気がついた。
「あれ?金神様がいない!」
「もう若!此処暫く金神様は、出雲の方へお越しなのです」
今頃気づいたのかと言わんばかりの言い方をした。
「此処の所忙しかったからね」
「バイトに遊びにーでござりましょう?母君様が、大学へは行っておるのやらーと、独り言を呟いておいででござりました」
「ちゃんと行ってーよ」
「さようにござりますかー」
なんとも、納得しているのやらいないのやら、全く気持ちのこもっていない言い方をする。
もしかして、此れって母親の真似かい!
「そういえば、彼方に行かれたぬし様が、酒屋様の先代とご酒を楽しまれたとかー」
「先代ってー。成仏したお爺さん?」
「さようで」
「ほらみろ、やっぱあの世じゃん」
「いやいや違いまする。ご先代が供えられたご酒と、それは懐かしき豆大福を手土産に、ぬし様を訪ねられたのでござります」
「いやー!ちげーだろ」
「ちげーませぬ」
いえもりさまも、此の件に関しては決して譲らない。
「まっいいや。いえもりさま、なんで知ってんの?」
「がま殿から伺いましてござります」
「ふーん。がま殿と交流してんのね」
それも仕方ないか。いえもりさま的な〝??もの〟ってそういないから、いい話し相手ができて、毎日お茶しに行っているようだ。
「がま殿といえば、池できた?」
「もう少しにござります。流石、若主さまの兄貴分さまでござります。実にお見事ー」
「じゃ、がま殿楽しみだね?今どうしてんの?」
「草木の茂った所に、水瓶を置いてくださっております」
「流石友ちゃんー。うまい事するわ」
「そういえば、じきに後の十三夜がござります。また若さまも、ご一緒頂けませぬでござりしょうか?」
「後の十三夜?何だそれー」
圭吾は、もはや得意となってしまった、スマホ検索をちょちょいとー。
「えっ?171年ぶりの二回目の十三夜?」
「久方ぶりに閏月に十三夜が楽しめまする」
「久方ぶりーって、171年前じゃん?」
「さようでござりましたか?後の十三夜はなかなか楽しめませぬゆえ、若さまもお楽しみくださりませ。其の折には、此の間のご酒と豆大福を……」
「げっ!また買わせようしてるわけ?やだよ!」
「そんな事を申されず、どうかよしなに……」
「何がよしなに……だよ。ってか、いえもりさま豆大福食うの?爬虫類だよね?」
「此の間、がま殿に頂きましてござります。久方ぶりで、懐かしゅうござりました」
「がま殿?……って、がま殿も爬虫類だよね?あれ?蛙は爬虫類じゃないか……。どっちにしても豆大福食うのか……?」
「それは、供えて頂いた物は、いただきまする」
いえもりさまは、ちょっともじもじーっと体をくねらせた。
「へえー?いえもりさま達って、奥が深いよね」
圭吾はしみじみと感心して言った。
「はい?ーしかしながら、私めはいちごの大福の方が好ましゅうござりまするが……」
「う、うーん……それって催促って奴っすか?」
「と、とんでもござりませぬ。私めが若さまに催促などどー」
「いやいや、どうしたって催促っしょ?」
「若さまー」
いえもりさまは、大慌てでひれ伏すように否定した。
ーさて、後の十三夜もあのもの達と、楽しく過ごすのだろうか?勿論がま殿に誘われ、友ちゃんも来そうな気がするー
これって、まじでいい事?いやいや、あんまり考えない事にしようー
ぬし様の別れーを、最後迄、お読み頂きありがとうございました。
お読み頂けるだけで、ほんとうに倖せです。
ありがとうございました。