夏の終わり 留守電 其の三
「まったく、何時入ったんだか?」
圭吾は追い焚きをして湯船に浸かっているが、なかなか熱くならない、父親が死なない程度に、かなり働かされているから、以前より実入りの良くなった我が家の風呂場は、老朽化が進んだ為に、思い切って改装する事になった。そのお陰で、今迄身を小さくして使っていた浴槽が、圭吾の為に広い浴槽へと進化して、伸び伸びのんびりゆったり~と、なんかのCMの様な快適な浸かり具合となっている浴槽で、ゆったり浸かりながら呟いた。
「………………」
ゆったりと浴槽で、仰向けになって天井を眺めると、天井でのんびりと張り付いている、いえもりさまに気が付いた。
「いえもりさま?何してんの?」
するとまったり感を露わに、湯気でツヤツヤとしているいえもりさまが、目を細めた感じで見下ろしている。
「沐浴にございます」
「沐浴?」
「此処は暖かく、気持ちが良くございます」
「いえもりさまって、水とか大丈夫なン?」
「若ぁ。大丈夫なンにございます。泳ぎも得意にございます」
「あーーー」
圭吾は、いえもりさまの泳ぐ姿は想像できないが、宙を蹴って走ってくる姿は想像できた。
慌てていたり、圭吾に会えて嬉しかったりしたら、そうやって飛び付いて来る事があるが、存外可愛くあったりする。
「………んじゃさぁ……」
圭吾はクイクイと、人差し指を使って呼ぶ格好を作った。
「一緒に浸かるか?」
いえもりさまは、シュッとそのまま天井から落下して、チャポンと浴槽の中に落ちた。そしてプクプクと浮いて来た。
マジで、おもちゃみたいだ。
「熱くないか?」
「温こうございます」
ご機嫌で泳いだりして、意外と満喫しているには笑った。
追い焚きをしながら、先に頭も体も洗ってしまっている圭吾だから、程よく温まったら、いえもりさまと一緒に脱衣所に……。
冷房が効いているから、湯冷めなんかしたらいけないから、よくよくいえもりさまも、乾いたタオルで拭いてやる。
なんか程よくピンク色になってて、ちょっとキモ可愛い。
「いえもりさまって、風呂とかにも入ってたんだ?」
「とんでもございません。若とではなくば、こんな事は致しません………が、案外気持ち良く……」
へへへ………といえもりさま。どうやら圭吾に付いて来て、味をしめたらしい。
そう言えば飼い猫の一匹も、小さい時は一緒に風呂場に来て遊んでいたが、ちょっと圭吾が揶揄い過ぎたのか………大人になったからか、何時の間にか風呂場に近づかなくなってしまった。まぁ、浴槽に湯が溜まっていたら、危険だから近づかなくなった方が安心だ。
ほかほかのいえもりさまは、そのまま壁を伝って天井に行ってしまった。どうせ圭吾の部屋か、神棚の上に行って、テレビの続きを見るのだろう。
風呂場から居間にやって来ると、先程の番組は終わっていて、父親がニュースなどに切り替えていた。
「お風呂大丈夫だった?」
ニュース番組につまらなそうな母親が、飲み物を持って来た圭吾を見て言った。
「あー?何時に入った?」
「えっ冷たかった?」
「夏だから、それ程じゃないけどな」
鳥肌立った後だったから、ちょっと熱い湯に浸かりたかった……とは言い難い。
「………じゃなくて、何か居る様に思わなかった?」
「まったく」
………てか、いえもりさま居たし……
「………何か居る様に感じる時、あるんだよね」
母親は大真面目に言うが、確かに〝何か〟は居るんだ。
それは、いえもりさまかもしれないし、そうじゃないかもしれない………。
こんな事、全く考えた事も無い圭吾だが、いえもりさまが居るんだから、全面的に否定できないのが、ちょっと困惑物である。そればかりじゃなくて、いろんなモノに遭遇する事も増えてて、それはそれでちょっと嫌でもある。