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十三夜 ぬし様の別れ 其の九

「ぬし様が立たれましてござります」

 いえもりさまがそう言ったのは、十三夜の月見で楽しんでから暫く経ってからの事だった。

「此処の所お帰りが遅く、帰られぬ事も多うござりましたゆえ、ご報告が遅く相成りましてござります」

「ああ、バイトじゃなきゃ遊びに行ってたかんね」

「さようでござりましたか、私めお見送りいたして参りましてござります」

「へえーお見送りって、あの世まで行って来たんだ?」

「あの世と申されましたか?ぬし様が行かれたのはあの世ではござりませぬ」

「えっ?あの世じゃないんだ?」

「あの世ではござりませぬ!ぬし様は彼方へ行かれたのでござりまする」

「だからあの世だろ?」

「あの世ではござりませぬ!彼方でござりまする!」

「じゃあ彼方って何処よ?」

「彼方は彼方でござりまする」

 いえもりさまがプンプン怒っているが、ちっともわからない。わからないが、圭吾は深く追究する性分ではないので、わからないままでも気にしない。

「ーぬし様が若さまにくれぐれも宜しく伝えてくれーと申されておりましてござります」

 ちょっと怒っていたいえもりさまが言った。

 結局ぬし様の言伝を、圭吾に伝えなくてはならなかったのだ。律儀としか言いようがない。

 だが圭吾はそんな事すら気に留めない。

「あっそ……。そう言えば友ちゃんが、パーティの次の日にぬし様の所に行ったら、酒瓶が二本転がっていたらしいけど、中身が無かったぜ。パーティの時は無くならなかったのに?ーってか、なんで空瓶があんの?」

「それは若さまがくだされたものゆえにござります」

「俺?」

「若さまが酒屋様よりご購入くだされましたゆえ」

「???……意味解んねえ??」

「???何故ゆえに??」

 いえもりさまは、首を傾げて圭吾を凝視する。理解できない圭吾の方が悪いーみたいにー。

「酒瓶で思いだしましてござります。ぬし様が立たれる日、若さまがくだされましたご酒が、ぬし様に供えられておりましたとかー。ぬし様はいたくお喜びで、心嬉しく土産にお持ちになられました。流石は若さまの兄貴分様でござりまする」

「兄貴分……って、友ちゃんか?」

「さようで。若さまが舎弟さまゆえ、兄貴分さまでござります」

 目茶苦茶な理屈だが、友ちゃんは〝兄貴分〟でいえもりさまにインプットされたようだ。まあ通じれば、呼び名は余り気にしない。

「兄貴分さまがくだされましたのでー。今やあのご酒の事を知っておるは、ご購入くだされましたご当人の若さまー。あとは兄貴分さましかおられませぬ。立つ日を感ぜられるとは、ぬし様のお眼鏡どおりだとお喜びで、ぬし様はがま殿を兄貴分さまの元にお残しになられましてござります。此れで兄貴分さまの前途は洋々ー。必ずしやぬし様とのお約束をお守りできましょう」

 したり顔のいえもりさまを、圭吾はしみじみと見つめた。

「何故?」

「ぬし様が見込まれれば、ご加護を受け必ずしやお約束を守れるよう、お力をお貸しくださりますゆえー」

「へえーそういうもん?」

「そういうもんにござります」

  「うーん、ぬし様なら強力そうだ。うちの誰かさんとは違ってー」

「若……そのお言葉は、あんまりにござりまする。確かに私めは、ぬし様にはおよびもよりませぬが、お守りする気持ちは誰にも負けはいたしませぬ」

 いえもりさまが真剣に、涙ぐみながら訴えた。

「はははー冗談、冗談だよーん」

「若、あんまりにござりまする……」

 拗ねるように圭吾を見る。

「はは。ごめん」

「いえいえ、よろしいのでござりまする。力無きは真の事ゆえー。より一層の精進を致せばよいこと。若さまにお認め頂けますよう、精進いたしまする」


 ーはいはい。頑張ってねー


 いえもりさまの吸盤の手?前足が何故かグーに見えて、力を入れているように思えるのは、心意気はまさにそのものだからだろうかー。


「ところで若さま」

 圭吾が、スマホに手を伸ばすのを見ていたいえもりさまが、再び言った。

「なに?」

 ちょっと、面倒臭くなり始めていた圭吾だったが答えた。

「兄貴分さまのご本家の先代が、ぬし様が彼方に行かれたのを知られ、偉くお怒りになられたとか?」

「先代?」

「さようで」

「先代って……確かもう死んでんじゃなかったっけ?ばあちゃんと同じ年頃だったよーな?」

「さようで。あの世で彼方に行かれたぬし様の事を知られ、それはそれは嘆かれたそうな」

「ーほら、やっぱ彼方はあの世の事じゃん?」

「なにを若さま。彼方はあの世ではござりませぬ。あの世と彼方は今生と違い、行き来はできまするが、全く違う所にござりまする」

「うーん?」

「ーで、先代は怒りに怒り、当主の枕元にお立ちになり、烈火のごとくお怒りになったとか……」

「ひえー。マジ怖」

「マジ怖の当主が、先代を拝み涙ながらに許しをこうたとか」

「許し?」

「実は、先代はぬし様の住まわれるあの場所は、今迄のまま残すよう、言い残されていたのでござります。それをあのように、ぬし様の居場所を狭もうするなど、軽んじた行為をー」

 いえもりさまはわなわなと、グーにしか見えなくなった吸盤を震わせながら続けた。

「ゆえに金輪際、ぬし様のおいでになられた所は、売りに出す事はせず、今迄のまま残す事を代々の家訓とするそうでござります」

「まっ、ちょっと遅かったけどね。もうぬし様居ないんだろ?」

「真に愚かな輩にござります。もはやあとの祭りとなりましてござりまする」

 大きくため息を吐くようにして、いえもりさまは言った。

「それって……ぬし様を送りに行って聞いて来たんだ?」

「いえいえ、がま殿より聞いて参りましてござります」

「がま殿って、マジ友ちゃん所に居んの?」

「さようにござります」

「マジすげー。ぬし様にがま殿か……最強って感じじゃね?」

「若さまには、私めと金神様がおりまする」

「う……そうだけどね……?そう言えば、まだ金神様居んだ?」

「さようで」

「うーん……なる程ね」

 神棚の上で、テレビを楽しげに見ている姿か、タブレットに夢中な姿しか思い浮かばない。それもぼやけた姿だ。

「最強って言えるんだろうか?我が家のメンバー……?」




あけましておめでとうございます。

拙い物語ではありますが、今年もお読み頂けたら倖せです。

短編で、いえもりさまのお正月を書きました。

お読み頂けたら嬉しいです。

今年もどうか宜しくお願いいたします。

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