建替えの時 蜘蛛殿のお引越し 其の四
「えっ?花子さんは何時体育館へ?」
「………かれこれ……30年程前?いや……もっと前?」
………いえもりさまに、聞いたのは間違いだ。いえもりさまの、時間の観念は人間とは違っている………
「つまり俺が小学生の頃は、〝トイレの花子さん〟と騒がれていたけれども、もはや〝体育館の花子さん〟だったわけね?」
「………さようかもしれませぬ………若。厳密に申しますれば、〝体育館のトイレの花子様〟にござります」
「あーーー!」
圭吾は体育館にあったトイレを思い浮かべて、ちょっと身震いをしてみせた。
「あったわ、そんな噂………一階の直ぐ側に在るヤツじゃなくて、二階の女子トイレの三個ある内の一番奥………部活の女子達が騒いでたわ……」
「………女子トイレ、ばかりとは限りませぬ、若……」
とか言って、キモ可愛く笑うからマジで怖い。
「トイレの花子さんって、一人じゃねぇの?」
「はい?」
「いや、だから……花子は何人いんの?」
「はぁ?」
なんだか、ちょっと痛い処を突かれた様な、怪しいと言うかキョドッてる感が丸分かりないえもりさまだ。
「ええ???花子って複数いる説?」
「えええ???若。若達は、花子様は何人いると言われておいでで?」
「いや………何人???花子さんは花子さんだよ?………だから、本当の処を教えて………あっいや、いいや……知りたく無い……えっ?でも複数いる説あり?」
チキンな圭吾と、隠し事ができないいえもりさまで、変な押し問答になっている。
「………若。花子様には、最近妹様がおできとなられた由にござります……」
いえもりさまは、此処までが精一杯という様に、重〜く意味ありげに囁いて頷いた。
………それも複数説ありだろ?………
圭吾は思ったが、それ以上追及しないのが圭吾だ。
どの道卒業しているから、小学校のトイレには入る事は無し、万が一大学で出て来たとしても、トイレの花子さんなら負ける気はしない。
いや待てよ!大学には魔物の実篤様とか言われ、怪しいヤツら内で有名な、現代では大学生として生活している賀茂が居る。賀茂が居るくらいだから、花子さんも居るかも?それも複数……………圭吾は余計な事を聞いたが為に、余計な事を知った感を持って後悔した。
結局小学校の護りの蜘蛛は、どうしたのだろう………。
なんて圭吾が思ったのは、それからずっと後の事………。
小学校の体育館が、建て替えとなると聞いた、ミニバスの保護者達によって、旧体育館で最期のクラブチームの練習の時、そのクラブチームに在籍していた、代々のOB、OGを募って旧体育館お別れ会をする事となり、圭吾にも連絡が入った時だった。
「護りの、蜘蛛殿にござりますか?」
夏の暑い盛りとなり、冷房が効いた部屋で、天井に張り付いたいえもりさまは、圭吾が珍しい事を聞くと、それは訝しげに言った。
「………そうそう……体育館が建て替えになるって事は、校舎は建て替え済んだって事だろ?」
「さようで……今年の初めには新校舎となり、それは快適なご様子でござります」
いえもりさまは、圭吾よりよく知った顔で言った。
「俺らが埋めたタイムカプセルを、校舎を壊す前に掘りに行った時には、まだどうするか………とか、グチグチ言ってたじゃん?」
「若。よく覚えておいでで………」
とか、とても嬉しそうに言う。
「まぁ……それくらいはな……」
「………あの時は、もー大変にござりました。蜘蛛殿は、近くの幼稚園に移ると言い出され………」
「幼稚園?」
「蜘蛛殿は、子ども好きなのでござります」
「ええ??蜘蛛って………子どもは好きじゃないぞ?俺嫌いだもん」
圭吾がきっぱりと言った。
「若………若が未だ母君様のお腹においでの頃、我が家には大きな蜘蛛が居りまして………」
「あー聞いた事あるわ。マジでデカかったって………」