建替えの時 蜘蛛殿のお引越し 其の二
「蜘蛛殿は、それは大きく立派なお方にございます」
「………ってゆーか……あそこの小学校の裏は、この辺じゃかなり有名な山だぜ」
「さようで、あそこはぬし様の管轄ではござりませず、つちのこ様の管轄でござりました」
「えっマジ?」
「さようで……あちら一帯はお山でございましたから、ズゥーと稲荷大明神さまの近くの、あの穢された土地があるお山と続いておったのでございます」
「あ〜。医療廃棄物を埋めてて、穢されちゃったヤツね。山を動かして、稲荷大明神様の社を犠牲に、土砂崩れしたヤツ………」
「さようにございます。さすが若主人さまにございます」
パッと表情を明るくして、いえもりさまは言った。
「………つまり、昔は小学校の山からずっと、つちのこ様管轄の山だったって事か?かなりデカイな………」
「そのデカイ山を切り崩して、今を作ったは人間にござります。ろくな事にはなる筈はございません」
珍しくいえもりさまは、厳しい顔を向けて言った。
「………その蜘蛛殿が、でございます」
………ああそうだった。思わずポロっと、聞いちゃってたんだった………
後悔先に立たず、の圭吾であるが、凡ミスの多い性格だから仕方がない。
「長年小学校を、護ってまいりましたが……建て替えの間、少し別に移る事をお考えのご様子で………」
「はっ?だったら、裏の山に居ればいいんじゃない?」
「………さようにござりますが、あそこにはあそこの護りが居りますし……」
「えっ?つちのこ様じゃねーの?」
「つちのこ様が、ご命じになられたお方にございます」
「………つー事は、大蛇とか?」
「ええ?若は大蛇様をご存知で?」
いえもりさまは、吃驚して壁からベットに飛び降りて聞いた。
「………かなりデカイ、蛇の抜け殻があったからな」
圭吾の通っていた小学校は、裏にちょっとした森林が残っていて。そこには校庭から侵入する事もできたから、近代化著しいこの住宅地にある小学校にしては、自然豊かな小学校とこの界隈では有名だ。
どうやら、時代と近代化が進むにつれ、裏の森林が少しずつ小さくなって行っている様だが、それでも手付かずの森林は、街の中にあって驚く程に自然豊かで、かけがえの無い生き物達も生息している……とかいないとか。
「あそこは、神様の森林でございますれば、あれ以上は小さくなりませぬし、あそこは人間の所有物ではござりませぬ。よく人間達が〝お国の物〟と、勘違いしている代物でございますが、国とか県とか市とかが、どうこうできる物ではないのでございます」
「へぇ?そんな所があるんだ?」
「………あるんだにございます。彼方へと続く処もござります」
「……………」
………出たぞ。彼方と此方とか……意味不な処だ。圭吾が理解しようとしても、たぶん宇宙を考えると同じくらいに、理解できないだろう………
「……えっ?その大蛇が怖くて、蜘蛛が山に行けないわけ?」
「大蛇さまは、そのようなお方にはございません………まぁ……永きに渡り生を得られ、それは尊いお方にございますが……今はぬし様と彼方でのんびりと、英気を養おうておいでにござります」
「大蛇なのに、ぬしに慣れなかったのかってヤツ?」
「な、何を若!口をお慎みくださりませ。なれなかったのではなく、ならなかったのでござります」
「またまた……大概なれなかったヤツは、そーゆーんだよ」
「真にございます。大蛇さまは、それはそれは面倒ちー事がお嫌いで……」
と言いかけて、いえもりさまは圭吾を直視して、その先を呑み込む様にした。
「………若ならば、お解りの事と存じます……」
とか、それはそれは小声で言ったが、生憎と圭吾は地獄耳の上を行く。
針が落ちる音だって聞こえる……というヤツだ。だがそこを、スルーするのも圭吾と言えなくもない。