不思議噺 逢魔時から 其の終
「母さん……」
息子の声が、段々と大きく聞こえて来た。
「母さん母さん……」
重たい目を開けると、息子が覗いて見つめている。
「……セイ……ちゃん……中央って何処よ?」
「中央病院って此処だよ」
「中央……病院?」
「父さんと車に乗ってて、事故ったんだ……」
「事……故……?」
「駅の高架下で、対向車とぶつかって……」
「はあ……やっぱり……対向車来たんだ?……お父さんの言う事は、本当に信用できないわ……」
私はそう言って天井を見つめて、ポロリと涙を溢した。
……ああ、主人が入っては行けない所に、入って行ったのだと……そう思った。
あの駅のホームの白線……あの白線の嫌悪感は〝それ〟だったのだ。
主人は〝そこ〟に行ける、交通系ICカードを持ってしまっていたのだろう。
だが私には〝それ〟が無かった……。だから、その先へ行く事を躊躇わせた……。そして〝あの〟主人の最期の訝しげな表情は
……どうしてお前も来るんだ?……
という、やはり邪魔だという感覚だったのだろうか?それとも
……お前はまだ一緒に来るな!……
という〝思い〟だったのだろうか?
まっ、どちらかでも、主人との日々の不仲が、私を留めさせたようだ。
此処の所の夫婦の不仲が、主人の後を追う事を留めさせたのだから、何が幸いとなるかわからない。
元気になって一命を取り留めて、友人達の話を聞くと、どうやら〝彼方〟の物には手を出してはいけないらしいし、食べたりも危険らしい。
お土産なんてきっと、以ての外だったのかも?
なんにしても助かったのだから、何処かの神社の神様方に感謝しかない。
そう言えば、あの暗闇トンネルの中で見た、穴の空いた所にあった祠やお地蔵さん、小さい時に田舎暮らしだった為、そこら中にあった神様達だ。
そうだ、確かに気味が悪いと思ったその気持ちは、遥か昔の童心に浮かんだ感情だった。
まだまだ幼かった私には、それらの畏敬なるもの達は、ちょっと怖い存在であったのを思い出した。
そう……神様でも怖い存在だったし、ご先祖様ですら怖い存在だったのだ。
そして母は三年前に、九十歳の天寿を全うした。
入院する迄介護保険を使う事も無く、矍鑠としていた母だったから、きっと彼方では元気に楽しくしている事だろう。
だから息子は、大好きだった祖母とは、一緒に居なくて正解だったのだ。
……ふと、たったひとりになってしまったリビングで思う事がある。
主人は彼処のホームで、真っ赤に夕陽に染まる海を眺めただろうか……否々せっかちな処がある性格だったから、サッサと来た電車に乗って行ってしまったのだろう……。
短いお話しその一
逢魔時から お読み頂きありがとうございました。
もう一つ短い、夢?的なお話しを更新させて頂きます。
お読み頂けたら、倖せでございます。
ありがとうございました。