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十三夜 ぬし様の別れ 其の七

「友ちゃん?」

「圭ちゃん?」

 圭吾と友ちゃんは、目があった瞬間に、同時に互いの事を呼んでいた。

「わしが呼んだのです」

「えっ?ぬし様が?」

「圭ちゃん知ってんの?」

「あっー。ぬし様」

 圭吾はぬし様こと、黄金色に輝く大蛇を指して紹介した。

「本当に居たんだ?」

「まあー」

 圭吾は友ちゃんの顔を直視できず、その場凌ぎの返答をする。

「以前わしを見かけたな?」

「あっ…… 」

 友ちゃんは、顔色を変えて言葉を呑んだ。

 勿論圭吾も、ぬし様の大きく裂けるであろう口を見つめながら固まった。まさに、その口が裂けて飲み込まれたら、一瞬でぬし様の体内だー。

 圭吾のパニクった時の癖で、黒目が異常なまでの速さの動きをして、ぬし様をとらえては、別の場所をとらえている。

「ああ、彼岸にー」

 友ちゃんの声が微かに聞こえた。少し上ずっているようで、震えているようでー。

 圭吾は思い出したように、救いを求めて金神様を見た。が、金神様はほろ酔いかげんで、いえもりさま達小さなもの達が楽しげに踊っている様子を、上機嫌で眺めていて、全く此方の窮地に気づいていない。


 マジやばい!!

 恐怖心があるから食われる事しか想像できないのだ。

 此れはヤバいと思ったら、金神様に大声を出して救いを求めようと、唇を噛み締めたが、心臓がばくばくと音が響き渡っているのではないかーと思う程鳴って、手と足が震えて手の平に汗をかいているのを、唾を飲み込む時に感じて、ズボンでぎこちなく拭いた。


「わしの姿を見れるとは、今時珍しい若者よ」

「ぬし様は痛くお喜びになられ、最後に会って参りたいとお呼びになられたのです」

 従者のがま殿が友ちゃんに言った。

「えっ?」

「昔は皆、わしの事を信じておる者ばかりであったから、よく会うたものだが、今時のものは子供ですら純真無垢な者はおらぬのか、わしの姿を見れる者はおらぬようになってしまったが、久方ぶりに人間と目がおうて、実に愉快な心持ちとなった。其方は先代当主の何にあたる?」

「先代当主……?」

 友ちゃんは暫く考えているようだったが

「分家の家の者です」

「分家とな?」

「祖父の父親の兄が本家です。長男だから……」

「ほおー」

「その長男はとっくに死んで……息子も死んで……その息子も……」

「よう祖父から聞いておるの。先代の嫁が元気な内は、鼠やら蜥蜴やらを捕ると、よく其処へ置いて敬ってくれたものだが、今やわしの事すら忘れておるようじゃ」

「確かにおじさんは、信じていないかも……」

「なにも申し訳なさげに申さずともよい。それは寂しゅうあったが、其方と目がおうた時は、久々に愉快であった。よき土産を貰うた気分よ」

「土産?」

「……ぬし様は、此処を去るらしい」

「えっ?何故?……ああ……此処じゃ、もう住めないかー」

 友ちゃんは小声で、実に残念そうに呟いた。

「住みにくくはなったが、住めぬ訳ではない。だがもはや、わしの姿を見れぬ輩では、居ても仕方ない。其の方の祖先は、わしの為にほれ……今は残念ながら咲いてはおらんが、其処の桜を植えてくれ、花見を楽しませてくれたものだが、もはや桜が此処で咲く事すら忘れられた。その内此処も、全て忘れさられてしまう事になろう」

見ると葉も無い、言われないとわからないが、意外と大きな木があった。

まあ、桜の木以外なら、花が咲いていても、圭吾には殆どわからないが……。

「へえー此の桜、ご先祖さまが植えたんだ?すげえ」

「そのような先祖の思いも忘れ……全く馬鹿な者達だ。ぬし様が去った家は、大概没落するというにー」

 がま殿が吐き捨てるように言った。

「没落?」

「土地を土地神様よりお預かりしたものが、守りきれずに私欲で手放せば、罰が当たるのは当たり前の事。其れが自然を顧みぬものであれば尚の事だがー。土地神様よりの恩恵も、ぬし様からの恩恵も護りも無くなりますれば、没落の一途でございましょう。もはやそう先の代の話しではありませぬ」

「分家の息子よ。其方はわしを見つけた。もし先の事、其方が土地を手に入れ、土地神様がお許しになれば、わしは其方の土地に住むことがあるやもしれぬ」

「えっ?」

「其方が本気でわしを信じて、わしを必要とするならばーの話しじゃ」

「マジで?ーいや、ぬし様が住めるような、広い土地なんて俺には……」

「いや。さほど広くなくとも、ぬし様が住みやすい環境であればよいのです。此のようなお約束は、殆どされませぬゆえに、夢夢お忘れなきようー」

「えっ……マジかー」

 友ちゃんはがま殿の言葉に、真剣に噛みしめるように言った。



 宴も酣ー。

 圭吾も友ちゃんも、ぬし様の激ウマご酒を頂いて、もののけ?未確認生命体?妖怪?……?

 とにかく何処からこんなに集まったのか、想像もつかないもの達の踊りや唄やお囃子や雅楽やら……。見たことも無い楽しい宴が繰り広げられ、食べた事もない食べ物や飲み物が 、尽きる事も無く其処此処にあり、圭吾の差し入れの、ぬし様の思い出の酒も、皆が飲んでも呑んでも無くなる事もなく、酒瓶になみなみと何時迄もあって、楽しげなもの達の口に注がれても、尽きる事が無いのが、此の空間其のもののように摩訶不思議だった。

「ぬし様ー。其れでは私共はお先に失礼を致します」

「あれー?」

 ぬし様と金神様に深々く挨拶する猫の集団が、月見の団子に手をかけた圭吾の目に止まった。

 猫が漫画のように二の足で立って、深々く頭を下げる格好が、滅茶苦茶可愛い。


 ……ああ、先程いえもりさまと、跳ね踊っていた猫さん達だ。猫さんだったらあれだけ高く跳ねれる訳だ。まるで、大きな月に吸い込まれていきそうな勢いだった……。


「全て終えたのだな?」

「はい。全ての手筈は終えましたので、心おき無く彼方へまいれます」

「其れでは、先に参ってゆるりと休むがよかろう」

「ありがたきお言葉、ありがとうございます」

 猫さんの集団は、深々と金神様にも挨拶をした。

「!!!」

 圭吾がぼんやりと眺めているのに気がつくと、猫さん達は圭吾にも頭を下げてくれたので、圭吾も丁寧に頭を下げた。


 ……先に参って……って、猫さん達もぬし様と此処を去るのか……


 金神様とぬし様は、暫く猫さん達を見送っていたが、直ぐに視線を楽しげな唄や踊りに賑わうもの達へ向けた。


「圭ちゃん……」

「うん?」

 友ちゃんはじっと大きな月に浮かび上がる、踊り手達のシルエットを見つめながら言った。

「此れは夢だよな?」

「うん夢だよ。ゆめー」

「そうだよなぁー」

「まっ!いいじゃん、楽しい夢だし」

「ははー。そだな」

「そうそう」

 圭吾はぬし様の、何時迄も減る事の無いご酒を、友ちゃんの盃に注ぎ込みながら言った。

「夢じゃなきゃ、やばいしょ?」

「あはは、マジやばい」

「そうそうー」

 圭吾はそう言って、美味いご酒を飲み干した。

 真っ赤になったもの達が、飛び跳ねて大きな月に浮かんだ。無論其の中には、いえもりさまのはしゃぎ跳ねる姿があった。





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