法事 母親の話 其の三
「うおー」
圭吾は、飛び出して来た猫を避けるのに声を発した。
「えっ?何々?」
「やっ、猫……」
「轢いちゃった?」
「轢くわけないだろ?轢けばアンタでも判るわ」
どっちにビッビッて言っているか解らないが、物凄く不機嫌丸出しで言っている。
「えっ?判る?」
「判るだろ?ふつう………」
圭吾は意外と安全運転だから、経験がないから断定はできないが………。
「……………………」
「……………………」
「………で?どしたんだ?」
ちょっと猫の事になると正気を逸する母親は、話しの途中で終えた事すらすっ飛んでしまった様だ。
「あー?ああ………その内なんだか、体が動かなくなっちゃって………」
「マジで?金縛りってヤツすか?」
「………かもしれないし、疲れが出たのかも?ずっと外の壁をよじ登ってる音は続いてるし……考えてみたら、凄く高い所をよじ登ってるんだなぁ……とか思うと余計怖くなるし……よじ登り終えたら、此処に来るのかな……とか思うと怖くて怖くて……南無阿弥陀仏に南無妙法蓮華経……を目を閉じてずっと唱えてた。それでも屹度少し寝てたのか……気が付いたら体が少し動いたから、布団から携帯用の時計見ると二時過ぎてて……なんだかホッとして寝たみたい………翌日は晴天で、近くのお寺に行ったんだけど、旅館の外壁には何にも付いていなくて……その夜大文字焼きの送り火見に行って、帰って来て部屋の襖見たら全然気にならなかった……その夜は、友達より私の方が先に寝ちゃったんだけど、帰って来てばあちゃんにその話したら、古都だから武士でも来たのかも?って……その時初めてお盆だった事に気が付いて、流石に翌年からお盆は避けてもらったわ……」
母親はハハ……と笑ったが、そういえば、だから一人では何処にも泊まれない、と言っていたのを思い出した。
そんな母親が、一人でビジネスホテル?それも親戚ではあるが法事で……?
考えたくはないが、圭吾は物凄く物凄く厭な予感を持ってしまった。
ちょっと聞きたくない気がする圭吾だが、勝手に喋ってくれるのが圭吾の母親で、密室中の密室である車中は、聞かない様にしようとしてもそうはいかない場所といえる。
「………何時もは華絵ちゃん宅に、もう一人の従姉妹と、客間に泊まらせてもらってるんだけど……まっ、偶にしか会えないから、積もる話しに私の方が先に寝ちゃうんだけど……隣同士とか言われても、別々の部屋に独りだし……部屋は気にならなかったんだけど……う〜ん?やっぱりちょっと暗い感じ?気になったんだよね……」
………はぁ……やっぱり………
圭吾は、先程の鳥肌が未だ消えていない……と困惑している。
「窓を開けると、隣がゲームセンター?娯楽施設の何かなんだけど、屋上が薄汚れているというか……シミだらけ?気になっちゃって……慌てて締めた」
「……なに?何かある時って、シミとかあんの?」
「……だぶん、気になるシミ?薄気味悪いシミ?汚れ?……が、普段は気にならないのに気になるのよ」
「あー?なるほど……」
さほど物事に神経質なタイプではないし、どちらかといえば大雑把な性質だ。
家の中なんて猫もいるから、爪研ぎやなんかで汚れ放題だが、気にしている様子は全くと言っていい程ないのだ。そっちの気がかりを、こっちに持って来て欲しものだ。と圭吾は思ってしまう。
「……夜は従姉妹四人で食べに出てさ……田舎で有名な所に、連れて行ってもらって美味しかった。帰って来てからシャワーを浴びたけど、浴室も気にならなかったんだけど……いざ寝るとなると厭な感じして……
電気とテレビまで付けて寝たんだけど……やっぱりなんか寝れなくて……」
「南無阿弥陀仏と南無妙方蓮華経?」
「法事だから数珠持って行ってるから、数珠握り締めて寝てた」