空き家 売れない家 其の七
子供達が天寿を全うしても、暫く元晴は此処に居た。
最早定時に起きたり出掛けたり、帰宅しなくなっていた。
それでも元晴は此処に居た。
否、もう少しだけ此処で自分が愛した物達と、今生の月や空や星を眺めていたい……そんな思いが存在したからだ。
或る日老女が娘に連れられて、金木犀と銀木犀を見つめていた。
「金木犀は見かけるけど、銀木犀は珍しいわね?」
「えっ?そうなんだ?」
「そう……私も何軒かしか、咲いているお宅を見た事ないもの……両方在るなんて素晴らしいわね?」
「………でもここ空き家だし……売りに出してるみたいだから、その内切られちゃうかも」
「残念だわ……心無く切る様な人に売られるのは……」
「本当に……」
母娘らしき二人はそう言って、ゆっくりゆっくり歩いて行ってしまった。
「なあ元晴……」
「分かってるよ……」
「我らもそろそろ彼方に参ろう?あの者の様に、我らを哀れむ者達が多い。確かに心無い輩に切られるは不本意だ。だがお前の孫は此処には来れん……否来ぬ方が幸せとなれる……ゆえに我らは………」
「ぬし様にお返しせねばなぁ……」
「此処は今現在穢れを持ち過ぎた……暫く後に廃れて来る。高値の内に売って孫の小遣いにしろ」
「実に残念だ……良い土地を購入したと思ったのにな」
「これ程穢れてしまえば、孫は今の処の方がいい……それに、此処はお前の記しを残しやるから、清められた後に再び子孫を呼ぶ事も可能だ」
「そうか?」
「そうだ……我らは嘘をつかんし、最早精を得ているからな。いずれお前の子孫を護る為に、再び此処に呼んでやろう?それまでの清め為に他者に貸すのも悪くない。どうせ一代限りの土地貸しだ」
植物達は、身を微かに揺らして言った。
ぬしが許した土地は、許された者の物だ。
ぬしや精霊達が、その者達に厭気を持たぬ限りの約で、人間社会の私利私欲では無い。
ただその土地を、愛せる者の物なのだ。
元晴は先に、月の明るい満月に成仏した。
それから暫くの時を経て、元晴は彼方のぬし様に土地を返上して、そして元晴の土地は見も知らぬ一代限りの者に貸し出された。
「さて……元晴が居なくなったのだ、我らも此処に存在する意味がなくなった」
松は潔く、家を崩すと共に機械に押し潰された。
それに続く様に、金木犀銀木犀躑躅や梅が伐り倒された………。
工事の前を通る人々は、長年に渡り美しく咲き誇り、目の保養をさせてくれていた、空き地の花々を痛く惜しんで、小声で言葉を囁き合った。
更地になった土地は土が少し高く盛られて、そして地の神に家を建てる許しを得る祭祀が執り行われた。
それを見つめながら通りかかる人々は、それでも長きに渡る花々の可憐さと香しさに、世の憂いを感じながら去って行った。
「あのお花さん達は、残して欲しかったね……」