空き家 売れない家 其の四
元晴が此処に家を買ったのは、電車が走り此処に特急電車が止まり、このずっと先に公団住宅が建てられた頃だ。その頃になると、松林や田畑ばかりだったこの土地に、昔から司っているぬしの許しを得て住宅が建ち並び始めいた。
………そうだ、まだあの当時は此処には大蛇の、偉大なる力を保したぬしが存在して、そして人間達の生活向上の為に、土地を切り売りする事を許していたのだ。
元晴は何軒か、家が建ち始めている区画の、一画の土地を購入した。
それでも、ずっと先は松林が続いている……。
そんな一画に家を建てて、直ぐに妻の真知子の腹の子が誕生した。
女の子で夕子と、元晴は名付けた。
「庭には紅梅を植えよう」
元晴は真知子にそう言うと、ちょっと先の坂を下りた所に在る山から紅梅の木を抜いて植えた。
三つ違いの正治が誕生した頃には、白梅と躑躅が増え。玄関には松が植えられていた。
山から鶯が飛んで来て、紅梅に留まって鳴く練習をする。
最初は呆れるくらいに下手くそで、鶯なのか違う鳥なのか……と思う程だが、徐々に上手になって鳴きながら渡って行く………ああ、春だ……と思う。
そんな日々が続き、人間達の生活はどんどん近代化して行った。
森が切り開かれ林が姿を消していく……。
特にこの辺りの開発と、団地の周りの開発は目を見張る程だった。
アッ!と言う間に住宅が立ち並び、高い建物も其処此処に見え始めた。
人口はどんどん増え、生活水準が上がっていく……それと比例して土地が穢され自然が穢された。
文明のいろいろが、この街を大きくして新しくしてそして見た目を良くした。
そして人間達の知らない処で、どんどんと此処の土地は腐っていった。
自然界で生息する、いろいろな物達が消えていく。その物達は、この世に存在しなくてはならない物達だ。
もしも存在しなくなれば、大地が穢れ空気が穢れ世が穢れる。
だがそんな大事な事を、人間だけが知ろうとしないのだ………。
そんな少しずつ悪化する環境の中で、元晴は精一杯働き妻子を守り続けた。
夕子と正治はスクスクと元気に育ち、多少の反抗期などを元晴や真知子に見せながらも、優しく良い子に育った。
そして二人は大学進学と共にこの街を、両親と過ごした家を出て行き、そして他所で幸せな家庭を持った。
家庭を持った夕子も正治も、しばしば戻って来て元晴達を慰めていたが、そんな彼らの子供達が成長すると共に、此処に戻って来る事がどんどん減った。
その内跡取りの正治が、地方へ転勤となり彼の地で家を構えた。
いずれ帰って来てくれると信じていた真知子は、表に現れないもののかなりショックを受けた様だった。
それから暫くして、真知子はグズグズと体調を崩す様になってしまった。
そんな真知子を心配した夕子が、この家に戻る話しも当然出たのだが、それはなかなか上手く行かなかった。夕子は他家に嫁に出したのだ……夕子の旦那の退っ引きならない事情で頓挫し、そのまま真知子は入院を繰り返して死んでしまった。
元晴はたった一人で、この家に残された。
子供達と真知子を守る為に必死に働いて定年を迎え、その働きの姿勢に定年後もほんのちょっとだけ仕事を与えられ、元晴は寂しさや空虚感もなく年を上手く取って老後を楽しんだ。
そんな元晴に、正治は共に住もうと幾度も地方へ誘いを掛けたが、元晴は家族達の思い出の残るその家から離れる事はできずに天寿を全うした。