不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の終
どうやら本当に珠香は、始末に困り果ていた子供に助けられるらしい。
食事を終えて病室に戻ると、土田が珠香を待っていた。
「ああ、角田さん。外来診療の前に、先生が診察されますから、迎えに来ますから待ってて下さいね」
「あの……」
「昨夜お子さんは、大神様の許に行かれました。今日はご心配の癌の診察です」
「ああ……」
「あなたのお子さんは、あなたに似ずそれは良いお子さんでしたね?あんなに素晴らしいお迎えを頂くのは、本当に稀な事なんですよ」
土田はそう言うと、ほっこりと笑って珠香を見つめた。
「有り難い事に、私もご相伴にあずかりまして、とても良い思いをさせて頂きました」
「そ、そうですか……」
へへへ……と珠香は、愛想笑いをするしか術がない。そんな珠香を一瞥して土田は病室を出て行った。
昨夜あんなに魅了して、大きく輝いていた月を一面にしていた窓は、朝の日差しに森林の木々を輝やかせている。
あの森林の中に、珠香の小さな子供は居るのだろうか?それとも天に居るのだろうか?
そうこう考えていると、土田が検診の為に誘いにやって来た。
あのちょっと不思議な廊下を通って、外来診療もしている診察室に入ると、昨日と同様に貉の女医先生と看護師さんに促され、昨日同様に診察台の上に跨った。
「おめでとうございます。無事お子さんは、大神様に傅いた様ですね?……」
そう言うと、貉女医先生はカーテンを開けて珠香を見た。
「とても良い頃合いとなりました。捥ぎ取るには丁度良い状態です。今夜致しましょう」
それは今までとても無愛想な感じの貉女医先生にしては、珠香が吃驚する程の満面の笑顔を見せて言った。
「……はい。宜しくお願いします」
珠香も今朝休憩室で、おばさんに説明されているから、物凄く違和感のある言葉ばかりだったが、何となく納得して言った。
……食べ頃のフルーツ的なのか……
それ以外を考えたら気持ち悪くて仕方ないから、珠香は子宮の中にあるオレンジ?桃?林檎をイメージしていた。
「この分だと、全く貴女に負担を掛けずに取り除けそうなので、安心して今度は素敵な相手を見つけて、幸せにおなりなさいね」
貉女医先生は病室を出る時、珠香にそう言って笑った。
その顔が一瞬貉と戻った事は、珠香の胸の内だけに留めておこう。
自動販売機しか無い、不思議な廊下……。
白衣を着た不思議なもの達が、楽しそうに面白そうに談笑しながらすれ違って行く……。
すると土田が一つの自販機の前に行って、コトリと缶ジュースを買って珠香に手渡した。
「……………」
「私からのお祝いです。今夜は別のものがお世話しますから……」
そう言うと、珠香は手に渡された缶ジュースを見つめる。
「ご縁ジュースです」
「ご縁ジュース?」
「これを飲むと、悪縁からは逃れられます。ご縁の神様直伝のジュースです……角田さんはどうも、男運が悪そうなので……昨夜あなたのお子さんから頂いた光の粒で、私の経験値がかなり上がりましたのでそのお礼です……大神様に見込まれる物の〝力〟は、最上級なんです」
「えっ?でも……」
「……これがお子さんの、願いだと思いますよ……また私達と遭える可能性は、ありませんからね」
土田が真顔で言うから、珠香は思わず納得してご縁のジュースを推し頂いた。
……そうだ。もう二度と、こんな事をしない様に肝に銘じなくては……。しっかりと自分を持って、望んで子供を産んでちゃんと育てあげなくては……
その日珠香は、とても美味しい昼食と夕食をペロリと平らげた。
休憩室から見える中庭の様な庭と、その先にある森林の木々の揺らめき。そしてとても青くて綺麗な空……その日の夕焼けは、まるで燃える様で直ぐ側の森林が燃えている様だった。徐々に色を落として暗くなる空は、黒に近い群青色とまだ少しの赤を残したい朱色とが、せめぎ合う様にしながら結局群青色に飲み込まれそしていつしか黒い夜空へと変わった。
まるで狐火の様に見える特別病棟の街灯は、今夜は赤く仄かに灯されている。
珠香は手術の前なのに食事もしっかり取ったので、最後にジュースを飲んでいいかと看護師に聞くと、ご縁ジュースと察した看護師は
「遠慮なく、飲んでおいて結構ですよ」
と笑った。
そして………
珠香は、救急病院のベットで目を覚ました。
どうやら珠香は自殺を謀ったらしいが、母娘の勘だろうか?
母が珠香のアパートにやって来て、手首を切って死にかけていた珠香を見つけ、救急車を呼んで奇跡的に一命は取り留めた。
不倫をしていた内宮から捨てられ、会社を辞める迄追い詰められての自殺だった。
珠香は数日生死を往き来したが、奇跡的に生還しそして妊娠も癌も存在しなかった。
念の為の検査で、珠香は健康そのものであるにも関わらず、自ら命を絶つという不敬を起こしてしまったのだった。
不倫と退職がバレた珠香は、母の許に戻る様に叱られたが、母の家の近くに住む事にして少しの時間の後、新しい父の知り合いの会社で働く様になり、そこで出会ったちょっと年上の男性と結婚する事になった。
その男性はちょっと野暮ったいけど、それは誠実な人だ……これはたぶん縁の神様の思し召しだろう……。
夢として記憶に残る、不思議な世界の不思議な病院だが、珠香は誰にも言わずにずっと心の中で信じている。
自分の子供は大神様の許にお仕えしていて、だから自分は幸せに生きなくてはいけないのだ……と……。
新年おめでとうございます。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
今年一年、良い年でありますように……