不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の十
翌日珠香は、土田の声で起こされた。
「おはようございます」
閉められているカーテンに、朝日が眩しく暖かい。
「昨夜は、疲れてしまわれた様ですね?食事の用意ができていますので、休憩室に行ってくださいね」
と言い終える前に、思い出した様に体温計を手渡した。
珠香は体温を測ると、ゆっくりと身体を起こして歯を磨いて顔を洗って、ナースステーションの前の休憩室にやって来た。
休憩室は朝の日差しに明るくて、昨日の夕方とはうって変わって、おじいさんやおばあさんや若い男女の患者の姿も見えるし、何だか昨日より部屋が狭い様にも感じた。
ワゴンに残された数個の食事のトレーンの中の、自分の名前の物を取って、空いているテーブルに座る。
すると昨夜天満月の話しをしていたおばさんが、テーブルの前の席に座っていた。
「おはようございます」
おばさんは、愛想良く笑って挨拶をしてくれる。
「おはようございます」
珠香が挨拶をして、食事に箸を持っていくと
「貴女まだ若い様だけど、何処が悪いの?」
「あー」
珠香は昨夜の、青年達とおばさん達の会話を思い出して
「……癌なんです……」
「ああ?癌?だったらかなり悪性ね?大丈夫、此処に居るという事は、その癌はここのもの達の好物?……ってヤツだから、それは綺麗に平らげてくれるわよ」
「平らげる?」
「ああ?……そんなに長く居なくてもいいのね?羨ましいわ」
おばさんはそう言いと、少し身を乗り出して顔を近づけてくる。
「ここの病院はずっと昔から或る病院なんだけど、この病棟は特別病棟でね、特別な人間しか来れないの。例えば……一番多いのは、やっぱりこの辺の昔ながらの住人で、特にあそこの森林の中のお社に関わる人間?神主さんの一族とか氏子の一族とか……」
「お社?大神様の?」
「そうそう。地の大神様でね、よくお社にお出でになられるのよ……」
おばさんは手にしていた、コーヒーの缶を口に持って行って言った。
「私はそこの近くの氏子なんだけどね……天寿前の大きな災難は、必ず此処で助けて頂ける……って子供の頃から親に言われて育ったんだけどね?半身不随になっちゃったんだけど、もう半年かしら?ここで治療してリハビリする所迄来れたから、リハビリが済んだら一般病棟に戻れるのよ」
「一般病棟?」
「ああ?今身体はね一般病棟で治療中……だけど寝た切りだからね……理学療法士さんが、いろいろ刺激を与えてくれてるんだけど、ここで病魔を退治しきってもらえば、元の様に戻れるのよ」
「病魔?」
「……ここの先生や、スタッフ達が好物なんだって……」
おばさんは声を潜めて、ニヤリと笑って言った。
「えっ?食べちゃうんですか?」
「……らしいわよ……私達みたく、あそこのお社に関わりのない人間の場合、大神様のお許しがあるかどうか、それから病魔の質が良いとか新鮮だとか……だと、ここに来れるみたいなんだけどね……」
「……つまり手術って……」
「あんたのその癌……病魔を取り出して食べるんだわよ」
おばさんはえらく、不敵な笑みを浮かべて言った。
「あ?大丈夫大丈夫。本当に助かるから……私達には何にもしないから」
たぶん珠香が表情を強張らせたのだろう、おばさんは優しい顔を作って珠香の手を取って言った。
「バイクに二人乗りして事故った若い男の子達だって、今朝ここを出て一般病棟に戻って行ったからね……若い子のは新鮮で活きが良いんだって……美味しいから綺麗サッパリと、悪い所を取り出してくれるから、後遺症も無く生還できる確率高いんだよ?」
おばさんはそう言うと、ニコニコ笑って缶コーヒーを手に立ち上がって行ってしまった。