不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の九
「仕方ありません。かなり危ない所だったんですからね?」
看護師さんが諭す様に言う。
「俺なんか三途の川見て来たよ」
青年二人が言った。
「そりゃ仕方ないよ、バイクの二人乗りはやっちゃダメなんだから……」
傍に居たおばさんが、突っ込みを入れる。
「……それでも二人とも、生還できるのは、此処でも奇跡ですよ」
看護師さんが言うと、青年二人は首をすくめた。
「もう二度としないでくださいね。三途の川の向こう側で、二人のおじいさんとおばあさんが、手を合わせて大神様に懇願されたんですから……生還したら決して、ご先祖様をないがしろにしたらダメですよ」
「はーい」
青年二人は大きな月を眺めながら、ハモる様に返事をした。
その二人の顔色がとても良くて、じきに退院する事になるのだと珠香には理解ができた。
……大神様にお仕えさせて頂ける、それは有り難い〝もの〟は珠香の哀れな子供だ。父の内宮に母子共に捨てられ、母の珠香に疎まれ産む事を拒まれた、哀れでそしてとても無垢な存在……
珠香はちょっとお腹をさすって、目頭を熱くした。
この子の存在を知って、初めて抱いた懺悔の気持ちだ。
こんな母親でごめんね……と初めて、詫びの気持ちを抱いてお腹をさすった。
天満月はどんどん高く昇っていき、その大きな光を煌々と輝やかせた。
まるでこのまま、月に吸い込まれてしまいそうだと……そう珠香は思った。
予想に反して、実に美味しい病院食を済ませ病室に戻ると、二つあるベットの一つがまだ空いている。
一応四人部屋となっている様だが、薄い壁に人が一人通り抜けられる様な距離を残して仕切られているから、二人部屋としか思えないが、衣服だの細々とした物を収納する収納棚の所に行くと、隣と筒抜け状態なので、患者と顔を合わせ何故だか互いに無言で会釈だけした。
暫くすると、看護師の土田がやって来て検温をする。
「今宵は本当に月が綺麗ですよ」
土田はそう言って笑うと、閉まっていたカーテンをシャッと開けた。
すると窓の右上部に、大きな月の一部が煌々と輝いて見える。
珠香は吃驚して、窓に釘付けとなった。
「こんなに綺麗な月の光にお迎え頂くなんて、なんて幸福なお子さんでしょう……」
土田がニコニコ笑って言うが、窓の外の月はどんどん大きく輝やいて、窓一面に入り切らない程に姿を現したかと思うと、珠香はその眩しい程の光に、まるで呑み込まれる様な感覚を覚えて見入った。
グラグラと大きな月が揺れる……否揺れているのは自分だ!そう思った瞬間、珠香は大きな月に吸い込まれて、身体が小さな光と化して行く様に感じた。
キラキラと自分の身体が光の粒となって、宙を舞い病室に弧を描きクルクルクルクルと、窓の外の月に吸い込まれようと窓のこちら側で待っている。その感覚の心地良さと暖かさに、珠香は身を委ねて静かに意識を手放した。
「……もう行かれますか?」
土田が眼下で、仰ぎ見て聞いている。
見ると土田の周りから部屋いっぱいに、それは綺麗な光の粒がクルクルと、月の光に輝いて浮かんで回っている。
まるで嬉しそうに……
とても楽しそうし……
「それでは、行ってらっしゃい……」
土田はそう言うと、側に浮いていた光の粒を一粒摘むと、パクリと口に頬張った。
すると土田の身体が煌々と輝やいて、それは綺麗な光の柱の様になって窓を開け、窓の外の天に向かってグングンと伸びて行った。と同時に、部屋で弧を描いて浮いていた光の粒が、サーと流れる様に勢いついてその柱に沿って昇って行った。
「大神様の許でお幸せに……」
輝く天満月の、光の祝福を得て天に昇って行った。