不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の八
6時になったら土田が声をかけて来たので、珠香は土田と共にナースステーションの前に在る、かなり広い休憩室のテーブルへ目を向けたが。テーブルや部屋の広さからしたら、患者の数がそんなに居ないのに違和感を持った。カラコロと食事の乗ったワゴンが動いて来たが、厨房の人が押して来た様子は無いし、無論の事看護師が運んで来たものでも無い。無いのに勝手に動いて来て止まった。
透明な扉付きのワゴンを指差して、土田が珠香を呼んだ。
「貴女のお嫌いなレバー炒めですが、決して不味くは無いのでお食べくださいね」
土田は珠香に、トレーに乗った食事を手渡して言った。
「……レバー?」
野菜炒めっぽい物があるから、それだろうか?
そう思いながら、窓の近くの席に座った。
休憩室は若い男性が二人と、おばさんが三人程しか居なく、その人達は皆点でに座って黙々と食べているが、その患者によって食事の内容が少しずつ違う様だ。
窓外は日が落ちかけて薄っすらと暗くなりかけていた。真下にそんなに広く無い庭が在って、その庭を介護士とか療法士の格好の様な人と、一緒に散歩をしている患者の姿が見えた。
そして所々に街灯が立っているのか、その丸く光る明かりが何故だが珠香には狐火に見えて、仄かに赤いのでは無く、青く光って見えてとても幻想的だ。
炒め物を箸に取って口に運ぶと、滅茶苦茶美味しくて目を丸くして思わず頷いて、どんどん箸を運ぶ。
「?????」
もごもご口を動かして食べながら、珠香は思わず身を窓に乗り出して下を見る。
……まじかー……
心和む療法士とか介護士さん達と患者の散歩の光景……その療法士や介護士さんのお尻に、ゆらゆら揺れている大小の尻尾……否々段々と暗くなって来ると、一人、二人……と頭にも耳が……猫耳ってヤツ?兎耳ってヤツ???
珠香はそれは大きな月が、煌々と姿を現した空を見た。
これ程に大きく輝く月を見た事が無くて、とても美味しい病院食に箸を走らせるのを忘れて見入った。
「今宵は、天満月なんでしょ?」
月に見入っているおばさんが、通り掛かった看護師さんに言った。
「ええ。今宵はめでたい天満月なんですよ」
「めでたい?」
「ええ。……ほらあそこの森林に座される大神様が、お側使えを久方ぶりにお召しになられるんです」
「それがめでたいの?」
「……それは!大神に仕えさせて頂くなんて、そうある事ではないんです……何せ大神様には、代々お仕えする眷属神がおりますからね。端女のものから眷属神の一族から出されるんですけどね、偶に大神様が自らお決めになられる事があるんです」
「へぇ〜お気に召す条件ってあるの?」
おばさんは話し好きと見えて、いろいろと聞いている。
「……それは私達には……ただ無垢なもので無くては、叶いません」
「あー!じゃ私じゃ無理だぁ〜」
おばさんがさも残念そうに言ったので、側に居た青年と同世代くらいのおばさんが笑った。
「あら?だってそろそろお迎えが来るなら、大神様に仕えたいじゃないの?」
おばさんはムキになって、笑っていた青年とおばさんに向かって言った。
「………さん、大丈夫ですよ。……さんも……さんもお迎えは来ませんから。もう少しここで療養されたら、奇跡の生還とやらになる方達なのでご安心ください」
「……とか言ったって、もう随分此処に居るわ」
おばさんは不満げに、看護師さんを見て言った。