表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/299

十三夜 ぬし様の別れ 其の五

 大学の帰りにバイトに行き、締め迄やって賄い食を済ませて帰途につくと、もうかなりの時間だ。

 最終にはまだ時間はあるが、数本しか無いのは心もとない。

 古関と別れて駅からの帰り道、月がいつもより大きくて丸く見えるのに気がついた。

 大空に大きく光り輝いて浮かんでいる姿に

「こんなにいつもでかくて綺麗だったか?」

 思わず独り言を呟く程だ。

「え?もしかして今日十三夜か?」

 なる程、いえもりさま達が騒ぎ立てて、お月見をしたがるわけだ。

 こんなに綺麗な月だったら、暫くじっと立ち尽くして見てしまう。見ながら宴会をすれば、さぞかし心地良いだろうと、〝風流〟という言葉すら知らない圭吾にも想像させるものだった。

 駅からの帰り道は、運良くというべきか、月が正面に煌々と輝いているのを見ながら歩けた。

 自分の中の月のイメージよりも、大きく輝く月は、今迄感じた事がない程に、神秘的で崇高な感覚を与えた。それはたぶん、お月見の話しを聞いているからではないー。

 今迄は感じた事が無かったが、見れば見る程、月は不思議な感覚を与える。

 真っ黒な大空にポカリと、それも神々しく輝いてー。不思議としか言いようのない何かを、体内から込み上げさせ、溢れ出させる。


 一体この感覚はなんなんだろうー


 そう思わさせる不思議な何かー。


 外灯と玄関だけに灯りがついた我が家に着くと、鍵を開けて中にそっと入る。

 バイトを始めた頃は、心配性の母親が起きて待っていたが、流石に圭吾の生活リズムに付き合えず、寝てしまうようになった。

 ーまあ、待たれていると、何かしらと煩わしいので、寝ていられた方がありがたい。

 それでも、部屋で横になりながら、完全に寝入っていない事はわかっている。

 一人っ子の過保護ー。甘やかされて、大事に育てられた、というところなのは否定できない。



「お帰りなさりませー」

「えっー?」

 できるだけ静かにー。といっても、圭吾の部屋は下階の奥にあり、両親の部屋は二階にあるので、多少音を立てても大丈夫だが、それでも零時を過ぎて帰宅しているのだ、多少は気を使う。

 圭吾が産まれて、地震だの火事だのを心配したばあちゃんが、奥の……今圭吾の部屋になっている部屋に、母親と圭吾を寝起きさせていた。

 圭吾が一人で寝たがるようになると、自然とそのまま其処が圭吾の部屋になった。だからかー、圭吾の部屋は持ち主の身体に合わずに狭くて小さいが、住めば都かー下階が意外と便利なのか、二階に移動する気持ちになれなくて、文句を言いながらも寝起きしている。

 そんな部屋に入ると、今夜はお月見パーティで居る筈のない、いえもりさまが、天井に張り付いたまま見下ろして、声をかけてきたのだった。

「げっ!いえもりさま?なになにその格好……?」

「ええ??何が……でござります?」

 いえもりさまは頓狂な声を発して、己の身体を一生懸命見ようとするが、当たり前の事ながら見れる訳がない。

「マジすげえ……つか、可愛い……つか……」

「如何……如何いたしたのでござります?」

「いやいや……」

「若さま、意地悪をなされずお教えくださりませ。私め如何相成りましてござります?」

 いえもりさまはくるくる回りながら、ちょっとパニクりぎみだ。

「いや、全身がピンク色だぜ。マジうける」

 いえもりさまは、腹側は真っ赤その他はピンク色になって、出来損ないのおもちゃみたいだ。

「ピ……?ああ、桃色でござりますな?」

「うーん。桃色というより、めちゃくちゃ下品なピンク?エロい色の方」

「エロ……でござりまするか?」

 いえもりさまは、まったく合点がいかぬ様子で首を傾げ、素早く降りて来て立ち上がり、自分の吸盤の手?前足?を見て納得したようだった。

「此れはご酒を頂いたからでござります」

「ご酒?」

「若さまがくださりました、ぬし様のご酒を少々頂きましてござります。それで此のように……」

 いえもりさまは、ちょっと照れるように言った。照れて赤くなったとしても、今のいえもりさまの状態ではわからない。それ程真っ赤なのだ。少々頂いたという次元とは、到底思えないし、もしそれが本当なら、かなり酒に弱いという事だ。

 それより何より、変温動物の筈のいえもりさまでも、酔えば赤くなるのか?第一酔うものなのか?

 なかなか、いえもりさまは奥が深い生き物?いや生物?いやいや……?

「まっ、いいか。それよか今夜はお月見パーティじゃねぇの?」

「左様でー。それはそれは美事な月でござります」

「うん。見ながら帰って来たから知ってるけどね。んじゃ、なんで此処に居んだよ?」

「若主さまをお迎えに参りましてござります」

「へっ?だって今夜は、お月見よりも大事な事があるんだろ?……ぬし様の……」

「左様にござります。お別れの宴にござります」

「そんなパーティに行くのやだよ」

「ええ……」

 いえもりさまは、圭吾が吃驚するくらい驚いてみせた。

「な、なんだ?」

「金神様もぬし様もおいでになりますのに……。お断りになられるのは、何故でござりましょうや?」

「何故……って、金神様はともかく、ぬし様は知らないし……。それに……」

「若さま、面倒臭いなどと言われずに、どうかお聞き届けくださりませ……」

 いえもりさまは、圭吾の性分をよく知っている。

 実は、ぬし様は興味あるが、バイトをして帰って来たばかりだし、また出かけるのが面倒なのだ。

「ぬし様がご酒をお気に召され、とても美味く懐かしきご酒をくだされた若さまに、一目お会いして礼を申したいとの仰せなのでごります」

「そんなのいいから」

「いやいや、ぬし様は此処一両日にはお去りになりまするゆえ、どうぞぬし様のお言葉をお聞き届けくださりませ」

「……」

「どうか……」

 余りにいえもりさまが困った様子なので、たぶん……不思議な生き物達だけのお月見パーティに呼ばれて行くこととした。

 生まれて初めてのお月見が、未確認生命体?それとも妖怪?達とする事になろうとはー。

 まあこの先、圭吾が月見などと優美な事をするとは思えないが……って事は、最初で最後のお月見……?


「若さま此方でござります」

 そんな事を考えながら、いえもりさまの後を着いて行くと

「此処?」

「此方から行けるのでござります」

「チッ!マジ嘘っぽ」

 圭吾が舌打ちするわけだ。だって、なんの事はないー。

 圭吾の部屋の窓を開け、我が家の裏庭を覗き見ているのだ。

「嘘だろー?」

 窓の外は一面野原が広がっていて、すすき、コスモス、白粉花が咲いている。

「マジかー」

 いえもりさまの後をついて外に出ると、辺り一面が青々とした野原が広がっていた。

「嘘だろー」

 母親が言っていた、「裏は一面野っ原だった」というのは本当だった。

 青々とした野っ原にすすきが一面ではなく、所々に生い茂り、またある一角にはコスモスや白粉花が、とても綺麗に咲いている。

 直ぐ裏の鳥羽さんも、村田さんの家も無いー。無論その周りの家もー。

 うちの裏手にある家は一件も無くて、兎に角ずーと野原が広がっている。

 振り向けば、うちの隣は無く。その隣の今は駐車場になっている所には家が建っている。その隣が大和さんでその隣が川島さんー。一件空いて上田さんはあるー。

 それから暫く、野原が続く斜面を下って行く途中に井森さん、そして此の間亡くなった穂波さんの実家があって、今穂波さんの家の辺りは噂通り川縁でその先に川が流れ、その先はどんどん山へと続いて行く。

 確かに話しに聞いた通り、古くから居る人達の家が点在している。

 そして反対方向の大通りへ目をやると、浜田さんと友ちゃんの家が見えた。その奥にはまばらに家が点在し、駅の方向には松林が暗く広がり、駅から再び我が家の方向に目を向け、其のままずっと先の小学校へと移すと、大きな建物が無く、まばらに点在する人家が散らばり、その先は小学校の授業で先生が言っていた通り、学校の周りは田んぼがあって、今も残る林の山を登る坂の先には、やはり聞いていた通り山が樹々を茂らせ、先程の穂波さんの先にある山と一つになって暗く大きくあった。



 ーうちの先の坂の下は川が流れ、渡ると山が続いていたー

 と、いうのは本当の事で、そしてうちの裏は、母親の言う通り一面野原が広がっているー。

 それを、大きな神々しく輝く月が綺麗に照らし出して、圭吾の眼前に広がっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ