不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の六
「ゆえに産神様が、恩情をおかけになられ、大神様にご相談されたのです。よろしいですか?日本に神々様は数多においでですが、大神様ともなれば数もそう多くはありません。普段大神様は、とんと人間の事には無関心なお方が多いのですが、此処の大神様だけは、なぜか人々にご興味をお持ちで、あそこの森林の古くからの社に座す事がお有りになるのです」
理解に時間をかけている珠香を、稲里は慈愛を持って見つめる。
「大神様はその子を、暫しお側に仕えさせる事と致しました。だから、貴女は此処に呼ばれる事が叶ったのです……まだ、宿って間もない〝もの〟は、清らかゆえに大神様の下に召し抱えられる事が叶います……人間とはなかなか穢れの多い〝もの〟ゆえ、余程神様のお目に留まらぬ限り、仕える事は叶いませんが……おめでとうございます」
稲里はそう言って、珠香をしみじみと見た。
「貴女が始末に困り果てた〝子〟が、助けてくれましたね?」
「……………」
「そうでなくば、貴女は堕胎した後それが原因で死んでいるのです……人間如きにそこの〝もの〟は見つけられないのです。ゆえに、今日貴女は此処にお泊り頂きます……今宵は天満月、そのものは大神様の下に召し抱えられますので……」
稲里はナースステーションの前を素通りして、一番奥の最も森林を近く見られる部屋に珠香を促した。
「……この子が?今夜?……じゃ、堕胎手術は?」
「その様なもの……貴女が気が付かぬ内に、そのものは、その腹から出て行きます……さっ、奥のベットに……」
珠香は促されるままに、広く感じる四人部屋に入った。
此処の階の病室は、四人部屋と二人部屋が殆どで、個室が少ないのが目についた。
四人部屋といっても、二人部屋が個々に続いて四人部屋を成しているので、救急病院のように一部屋をカーテンで仕切られている感じではない。
二つベッドがあって、各自はカーテンで仕切れるが、そんなにしっかりと仕切ってはいない。
もう二つベッドがある部屋とは、板で仕切られているが、看護師や介護士は無論の事、患者同士も一旦廊下に出ずとも用が済まされるように、通り抜けできるようになっていて、真ん中の仕切り部分にトイレと洗面所が設置されている。
だから四人部屋という事なのだろうが、二人部屋と大して変りはない。
そして珠香の隣のベットは、空いている様だ。
そして圧感なのが、窓から広がる田畑と病院の庭園の奥の森林だが、珠香のベットの窓からは庭園が狭くなっている地形なのだろうか?とても森林が近くに見える。
それこそ嵐の夜などは、木々の揺れも大きく感じられて、それは怖いだろう。
病院の建物の外から見た感じでは、こんなに森林が広がっていたのかと感嘆する程に、奥まで続いていて深く大きい。
「入院に必要な物は全て用意されておりますから、足りない物がありましたら看護師にお申しつけください」
ベットの上には、パジャマからタオル、バスタオル、歯磨きセットが置かれてある。
「病院内では、ベットの下にあるスリッパをご使用くださいね……あとは……」
稲里はそう言って、慌てる様に手にしていた書類を手渡した。
「……全てを一任して頂く承諾書です。此処にサインを……」
稲里は、指を差して言う。
「……ご時世なので、仕方ないので……」
珠香が記入をする姿を、ほくそ笑みながら見つめて、記入を終えた珠香と視線が合った。
「ああ!」
稲里は思い出した様に、珠香の親指に爪を立てて、赤い血を滲ませた。
「此処に拇印を……」
書類を確認して、再びほくそ笑む。
「貴女に承諾頂いた時から、契約は成立しておりますが……最近は手続きも面倒になりまして……はい。これで完璧です」
満足気に言って笑った。