不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の五
暫く珠香は受け付け前の待合室で、メソメソと泣いていたが、その内そんなに混んでもいない病院の喧騒に、不思議な安心感を抱いてぼんやりと見つめた。
「角田様、お待たせ致しました」
稲里は手に書類を持って、ぼんやりとする珠香の前に立った。
「……では病室に、ご案内いたします」
「えっ?」
珠香は思考の働かなくなった頭を、フル回転させて稲里の言葉の意味を考える。
「えっ?今日は帰っていいんでしょ?」
「いえ。即入院して頂きます」
「そ……そんなに悪いんですか?」
確かに先生には、稲里が行かなかったら〝死んでる〟と言われた。
そんなに進行していたんだろうか?と不安が不安を呼んでいる。
「さっさと済ませた方が、新鮮ですから」
「新鮮?」
「悪いものが……」
「?????」
「先生からお話しは?」
「癌らしいです。それも見つけ難い処の……」
「つまり、姑息なくらい上手く隠れている状態です。そして、そういうヤツは、若い肉体をそれは好みますので、貪る様に食うのです」
稲里は、立ち上がってついて来る珠香の傍に歩いて、声を落として言った。
「少しでも早い方が、食われる割合を減らせますし……」
待合室の近くのエスカレーターに乗ると、薄っすらと笑みを浮かべて珠香を見つめた。
「大きくなる前の方が、みずみずしいのです」
「?????」
珠香は先程から、稲里が発する言葉の中に、なぜか引っかかる言葉を認めて眉間に皺を寄せた。
「なんか……何故だか分からないんですけど、気になるフレーズがある様な?」
「あって当然です」
稲里は珠香の怪訝そうな表情など、意に介さない様子で言った。
「貴方に包み隠さず申し上げているので、きっと気になるフレーズがあるのでしょう?」
そうあっさりと言うと、二階の診察室をグングンと歩いて行く。
……こんな処あったのかな?……
と、思う様な処を歩いて行くと、診察室が無くなってただ何も無い廊下を歩いていた。
所々に自動販売機が置かれてあって、その傍には長椅子が置かれてある。
そして医者の格好をした数名と行き違ったが、あの人達は何処に行くのだろう?
そんな事を思って振り返ると、すれ違った人の姿は消えていた。
「……………」
不気味さしか漂わないその瞬間、珠香が稲里へ顔を向けると、一瞬にして視界に病室とナースステーションが飛び込んで来た。
「えっ?」
珠香が、頓狂な声を発して稲里を見つめる。
「今日は、特別病棟にお泊り頂きます」
「特別病棟?」
「文字通りの、特別な方の為の病棟です。貴方は私がお誘いした、特別な方なので……」
「私が特別?ああ……かなりの進行癌だから?」
珠香は言葉にするのも恐ろしい言葉を口にして、目に涙を溜めた。
「まさか……。確かに上等な物をお持ちの方ですが……」
ふふ……と稲里はまた、意味ありげな言い方をする。
「この病院は、大神様が座すそれは有り難い森林が……ほらそこにあるでしょう?」
稲里が指差す方に目を向けると、ナースステーションの先の廊下の突き当たりの窓から、それは鬱蒼とした森林が目に入った。
「この病院の敷地と地続きで、霊験新たかなる森林が存在るんです。そこの神様がお許しになられた者だけが、此処に……いいですか?此処、特別病棟に来れるのです」
稲里は人差し指を下に指して言った。
「私がお許し頂いたって事?」
「ええ……貴女のお子さんが、大神様にお願いしたのです」
「えっ?」
「今産まれ出た処で、決して喜んでくれぬ者の処には、産まれ出たく無いと……貴女は馬鹿で愚かで……本当にろくでなしに引っかかってしまい、我が子を見捨てる事しか考えられない、実に浅はかな人間です。それだけでなく、命の危険すら抱えている……」
稲里はとても冷たく言い放った。