不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の四
「下着を脱いで、その椅子に跨って……」
「はい……」
珠香は椅子の上に短いカーテンで、向こうとこちらを仕切られた光景に、自分がこれからどうすればいいのか直ぐに悟った。
自分は確かに妊娠していて、そして今その事を、向こうで診断する女医に、確認されるのだ。
この妊婦の子宮に、確かに新たな命が息づいているのか……。
内宮との行為には感じる事の無かった、恥じらいと少しの恐怖を持って、珠香は診察台に上がった。
「確かに三ヶ月になりますね」
女医は単調に言って、決して喜ぶ様子を見せないで、椅子に腰掛けている珠香を見つめた。
「どうせ、産む気は無いんでしたよね?」
「えっ?」
「稲里の思い違いですか?」
キツめの顔を、少し歪める様に聞く。
「あっ、いえ。産む気はありません」
「……なら良かった」
女医はにこりと笑むと、ホッとした様に言う。
「角田さん。子宮に癌が在るのでね」
「えっ?」
「たぶん悪性ですね……お子さんは諦めて、早めに癌を取り除いた方がいいんです」
「……だって、救急病院じゃそんな事……」
「ちょっと分かり難い処にありますからねぇ……それに、救急病院じゃ分からなくて当然な処に有るんです。堕胎した処で、あそこの医者じゃ分かんないだろうし?まっ、うちの稲里が行かなかったら、手遅れってヤツでしたね……良かったですね」
女医は薄っすらと笑むと、一瞬貉の正体を現して、直ぐに綺麗でキツめ美人の女医の姿に戻った。
「……で、どうされます?」
当然の事ながら、女医の正体など気にも留める余裕など無い程に、茫然自失の珠香に女医は笑みを浮かべたまま聞いた。
「……どうする?って……」
たった今し方癌だと言われ、茫然自失の珠香に判断などできよう筈も無い。
癌といえば、それはそれは恐ろしい病気だ。
大半の人間が死ぬと思って、恐れおののく病気だ。
「手術されます?よね?……手遅れにならない内に?」
宣告された珠香とは反対に、当たり前の様に淡々と聞いてくる。
「……した方がいいんですよね?」
「まぁ。死んじゃいますからね」
「えっ?そんなに?」
「若いと進行が早いですからね」
なんとも軽く簡単に言ってくれる。
言われた方の珠香は、それこそ唇が震えて言葉が上手く出てこない。
「……じゃ、お願いします……」
やっとの思いでそう言った。
「分かりました。全てこちらに任せて頂けますか?」
「はい?」
「だから、全てこちらに任せて頂けますか?」
女医は再び、キツい表情を向けて聞いてくる。
その威圧感に、ちょっと珠香は押されてしまった様に
「お願いします」
と言ってしまった。
どの道頭は真っ白だ。何も考えられないし、判断などできよう筈もない。
「分かりました……では、稲里が手続き全てを致しますから、看護師の指示に従ってください」
女医がそう言うが早いか、先程の年配の看護師が、再び珠香の肩に触って促した。
「貴女、本当に良かった……。これからは幸せにおなりなさいね」
診察室のドアを開けて囁いた。
「一階の受け付けで、お待ちください」
それは優しげに微笑んで会釈した。
珠香は茫然自失としていたが、なぜかその言葉と様子に涙を浮かべて頭を下げた。今迄母にも言えずに一人で悩んでいたので、その看護師の温かく包む様な言葉と表情に、母を思い出して涙を溜めた。
もはや再婚して、珠香だけの母ではなくなってしまった母だが、こんな馬鹿な目に遭っている娘を知ったら、きっと嘆くであろう母だが、不倫に走って痛い目にあっている馬鹿な娘だが、母はきっと凄く叱って嘆いて、そして心配して慰めてくれるだろう。始末をしなくてはならない小さな命を思い哀れんで、それでも一人娘の珠香を案じてくれるだろう。
不治の病にかかった娘を嘆いて悲しむだろう……それからそれから……。
珠香はメソメソと泣きながら、指示に従って受け付け前の待合室の椅子に腰掛けて待った。