不思議噺 あやかし病院へようこそ2 其の三
翌日には退院した。
只の貧血……。思春期の頃から貧血があると言われ、母と暮らしていた時には母がいろいろと工夫して、レバーを食べさせてくれたが、珠香はレバーが好きではない。
あのモサモサとした食感……珠香にはそうとしか思えない、あれを好んむ人が存在るが、それすらも理解できない程に、珠香はレバーが嫌いだ。
だが、仕事で疲れているであろう母が、一生懸命作ってくれた料理は、臭いとかモサイとか、そんな事は全然気にしないで、美味しく食べられたのに、母と別に暮らす様になってからは、全く食べる存在の物ではなくなった。
だから、貧血を起こして倒れた訳ではなくて、元々貧血気味なところに、不倫相手の内宮との別れ話しで、眠れぬ日々を過ごしたのが原因だ。
それ程、珠香は内宮が好きだった。
まっ、相手はただの戯びだったようだけど……。
そう思えるようになっただけ、珠香もだいぶ熱が引いて来ている。
あれだけ縋って泣いたのに、振り切られて捨てられたのだ、余程の馬鹿じゃなきゃ眼が覚めるというものだが……。
最寄り駅から、バスで20分……。バス停から国道を外れて歩く事10分。その病院は田畑に囲まれて姿を現した。
外観はそんなに新しもなく、大きな今風の建物でもない。中に入ると最新式でも無いし、なんだかこざっぱりとしている。
まぁ、田舎の病院って処か……。
それこそ途中でバスの中から眺めた、はるか向こうにそびえ建っていた病院の方が、それは大きく建物も洒落ていて、田舎の風景に似つかわしく無い程に最新式感が漂っていて、珠香の目を惹いたのだが……。
「これは角田様……」
受け付けの所で〝稲荷〟に声をかけられる。
「あっ!狐……」
「稲里でございます」
丁寧に頭を下げる稲里ソーシャルワーカー、今日はそつなくちゃんと化けている。
……尻尾なんかも出ていない……
それでも思わず、尻尾を探してしまう。
「ようこそあやかし病院へ」
稲荷はにこやかに笑みを浮かべて、珠香を見つめた。
「あ……よろしくお願いします」
外来で人の行き来があるが、そんなに混んではいない。
あそこの病院に、患者を持っていかれているのは一目瞭然だ。
「……では、産婦人科でしたね?」
稲里は、淡々と言って珠香を促した。
「ああ、受け付けまだなんです」
珠香が慌てる様に、受け付けに向かおうとするのを
「角田様」
稲里が神妙に呼び止める。
「受け付けは済んでおりますから、こちらに……」
「えっ?」
珠香は、狐につままれた様に立ち尽くした。
「だって、私今来た所で……直ぐに稲荷さんに会ったんですよ?受け付けなんか……」
「私が貴女にパンフレットをお渡しして、貴女が来ることになさった時点で、受け付けは完了されております。ご安心ください」
そう言うと、稲里は颯爽と珠香を促して前を行く。
病院は五階建てで、一階と二階が外来となっている。
外来診療科の数が、最近の大学病院とはかなり劣るが、主要な診療科だけはあるので、病院のみならず診療科も小ざっぱりしているという事か……。
産婦人科は、二階の奥にひっそりと在る感じだ。
患者を大きな大学病院に取られてしまっている所為か、病院そのものが凄く閑散とした感じで、ちょっと狐の稲荷の誘いに乗った事を後悔させた。
「角田さん」
そんな後悔を拭い去る様に、凄く早く名を呼ばれた。
珠香が唖然とする様に、診察室の前に来ると
「角田珠香さんですね?」
看護師は、それは優しく微笑んで聞いた。
「はい」
「中に……」
珠香の背に手をやって促して、側に一緒に居た稲里に目を向けて会釈したので、稲里が珠香が中に入って行くのを、見送ってくれている事に気がついた。
「大丈夫ですよ。先生は女性だから……」
少し年配の看護師は、物静かに珠香に囁く様に言った。
「角田さん?」
女医は、ちょっとキツそうな顔を珠香に向けて聞いた。
「はい」
返事をしながら、対座する様に腰掛ける。
「そろそろ、妊娠三ヶ月になる頃ですか?」
珠香に言うというより、独り言の様に言って
「兎に角診察しましょうか?」
先程の看護師に視線を向けると、手慣れた様に看護師が珠香の肩に手を触れた。
「こちらに…」
促される様に立ち上がって、カーテンの先に在る小さな部屋に入った。