神隠し 狐の嫁取り 其の三
「それからそこのお店が、繁盛し始めたんだって……」
「あっ、そう」
圭吾はそろそろ、ウンザリ感を醸し出して言うのだが
「飢饉とかあるとさ……」
何時もの事だが、圭吾のそんな事など構い無しに話しは続けられる。
「蔵に驚く程の米俵が置いてあって……それでまたまた一儲けしたらしいよ」
「……なんだそれ?」
さすがに観念した圭吾が、視線を移して言った。
「不思議でしょう?」
すると母親は何故だかドヤ顔を作る。
「旱魃とかいろいろあると蔵にはいろいろ置いてあって、それを売って儲けたお金で店が大きくなって、そして今に至る大企業となった訳よ……」
圭吾は馬鹿げた話しだと思ったが、それが一概に馬鹿げた話しですまないのが、この世の中だと思い始めているから、そんな事を思う様になった自分の境遇に、憐れみなど持ったりもする。
お稲荷さんは穀物の神様だ。自称神系松田が得意満面に圭吾に教えてくれた。
つまり蔵に置いたのは、妹を拐って行ったお稲荷さん。
最近友人と名のつく者達に、不思議世界を愛する者達がいる為に、嫌と言う程会話に出されるから、実はそんなに馬鹿ではない圭吾は、不本意ながらにいろいろ覚えて来ているのだ。
母親が危惧した程に、学習能力が無いタイプではないのだ。
「その蔵って?」
「さぁ?親戚の人の話しだからね」
「なるほど……」
果たしてどの程度の親戚なのかも不明だ。
都市伝説の様に、親類伝説的な可能性も有りだ。
親戚の話し程、当てにならないものはない。
とにかく母親の話しはここまでか?……
何にしても気に掛けないタイプだから
……だから何?それで?どうした?……
といった感じに中途半端、何かが引っ掛かったままの終わり方でも、一向に気にする気配は無い。要は母親は気が済めばいいのだ。とにかく仕入れた情報を誰かに言いたいだけなのだ。
それがばあちゃんが生きていた時には、二人で話して感嘆したり盛り上がったりで、話しが広がり楽しかった様だが、ばあちゃん亡き後の相手は圭吾と父である、そんな話しを共有できる筈がない。
つまり母親にとって、それはつまらない相手なのだろうが、それでも喋りたいから喋りたいだけ気がすむ様に喋らせてやれば、それで丸く収まるのだが、それが我慢できないのが父親だ。
話しの頭からピシャリとヤルから、全く母親の感情を逆撫でして、我が家の夫婦仲は決して良好とは言い難いのが、子供の圭吾にも目に見えて解るから、圭吾はその辺の処は上手く聞き流して相手をできる様になっている。
という事で、どうやら母親の気がすんだ様で、話しはやっと終わって一安心の圭吾だ。
本格的にテレビに集中するか……。と身を動かした処で、襖を開けっ放しの隣の部屋の、神様がいない神棚にちょこんと座って、大好きなテレビを見ているいえもりさまを視界に入れた。
不思議世界の家守りのいえもりさまは、大のテレビ好きだ。
朝は父親の仕事の関係で、早起きの我が家のテレビは早くからついているから、家を守っているいえもりさまは、朝早くから神棚に身を置いてテレビを見ている。
それこそ遅く帰宅した父親が、遅くまでつけている事があるから、神棚でテレビを見ながらウトウトと眠ってしまう事も度々だ。
生き物大好き家族なのだが、爬虫類が特に苦手な母親が、いえもりさまの存在に気付いては気の毒と、一応の気遣いのいえもりさまは、圭吾の部屋で就寝する様になっている。まっ確かに、以前外の家守が窓から侵入して来て、大パニックを起こした母親が、慌てて窓を閉めたが為に、気の毒にその家守はお亡くなりとなった。それをまた母親が、暫く気にして凹んでいた事があるから、いえもりさまの気遣いは的外れではない。とにかくあれから、母親は家の中の天井や壁を、挙動不審に気にしているのだ。
家守と暮らすのは嫌らしい。