神隠し 狐の嫁取り 其の二
「喫茶店から帰って来て植木に水をやってたら、カシャカシャって門の方で音がしてさ、見たら門に止まって烏が居たのよ」
母親はめちゃ興奮気味で言うのは、この母親、実はかなりの烏好きである。
圭吾が小さい時などは、お散歩しながら烏さんに挨拶をさせられたものだ。だから圭吾は一般の人達や圭吾の友達とは違い、烏には好意的に育っている。
何と言っても烏で困らされるのは、ゴミを散らかし食いする事だが、母親がご近所さん同士で回しているゴミ当番になった時などは、散らかったゴミを片付ける面倒よりも、ゴミを口にしてビニールなどが烏の腹に溜まらないか、それが心配でゴミの捨て方に文句を言う、実に面倒っちいおばさんなのだ。
そんな母親だから、烏が訪ねて来てくれた様に思えるその状況は、かなり嬉しかったに相違ないだろう。
長の付き合いで、そこの処が理解できる圭吾である。
「カーカーって言って飛んで行ったんだけど、今日はゴミの日じゃないし……何かを知らせに来てくれたと思うんだけど……そろそろお迎えでも来るのかしらね?」
意外と真顔の母親に
「違うだろ?」
あっさり告げる圭吾である。
「……そうだよねーばあちゃんの時に来なかったもんねー」
圭吾が返事をして嬉しいのか、母親は明るく笑って言った。
「そうそう……」
圭吾は頷きながら、ちょっと思考を巡らせた。
母親は目の大病を抱えていたが、たまたまいえもりさまに誘われた、村の鎮守の神様の今日はめでたいお祭り日、に連れて行かれたお陰で、何とありがたい事に、亡者の眼球が金魚釣りの様に売っていて、圭吾といえもりさまが持ち帰って来たから、母親は大病をする事無く完治してしまった。
いつも圭吾には面倒くさいだけの不思議世界だが、今回だけは有り難いと心底思ったものだ。
……という事だから、お迎えは無いはずだ。お迎えは無くなったと、伝えに来てくれたのか?
そういえば烏は神様の遣いだと聞くし、名前とイメージとは大違いの、それは優しい死神様の遣いで、律儀にもそんな事を伝えに来てくれた……としても、あり得そうな話だ。
……死神様サンキューな……
めちゃくちゃ死神のイメージが最悪だった圭吾が、心の中で手を合わせた。
「……それで……」
摩訶不思議と、話しを簡単に戻して母親が言った。
「そこの家のご本家に、言い伝えられてる話しなんだけど……」
出たよ……なぜだか母親は、ご本家とか旧家とか昔話が好きだ。
まっ、食らいついて見ているドラマが、韓流だとか華流だとかと言われている、海外の王朝ドラマだから仕方ないか……。
「大店だったご本家の兄妹が、近所の神社で遊んでたんだけど、妹の方が神隠しに遭ったんだって」
母親が話しをするが、できるだけバラエティーへ意識を集中させる。
「そこの神社がお稲荷さんだったものだから、狐に嫁に連れて行かれた……って事になったらしい。昔はそんな事で片付けちゃったんだろうね……拐われて行かれても、探しようも無いし……」
ホッと母親は大きくため息を吐いたが、圭吾もホッとため息を吐いた。
話しは終わったと思ったからで、これで静かになる……と安堵のため息だ。
「そしたらさ……」
……まだあったのかよ……
当然ながらテレビを見ながら思う圭吾だ。