神隠し 狐の嫁取り 其の一
「ねぇ!」
バイトも無くいろいろと面倒くさい友達との約束も無く、久しぶりに夕食後に居間の炬燵にすっぽりと潜り込んで、バラエティーなど見ていると、後片付けを済ませた母親が座るなり言った。
まっこの人の話し好きは、今始まったばかりではないので、流石に二十年程子供をして来ている圭吾は、上手い事聞き流す術を心得ている。
「今日ねお手伝いに行って来たのよ」
「あーそう……」
「……それでね……。東の東さんから聞いたんだけどね……」
ここで流石の圭吾も、テレビから母親に視線を向けた。
「ひがしのあづまさん?」
母親に言わせると
……圭吾は日本語を理解する能力が劣る……
という事なのだが、大学生となった圭吾は最近、〝それ〟は目の前の母親が、圭吾の母親であったからではないか?と思う様になった。
以前母親は、自分の音痴をばあちゃんの所為にしていた。それはどうやらばあちゃんが、多少音程があやふやなタイプで、それなのに母親に子守唄を散々歌って聞かせていたから……だと母親は、ばあちゃんが生きている時にこぼしていて、ばあちゃんはちょっと申し訳ない顔を作って話しを聞いていた。
その思いがある為に、母親は圭吾には子守唄を歌った事は無く、男の子なので数字に強くなる様にと、九九を子守唄代わりに聞かせていたという。
だからといって圭吾は、とびきりの理数系の頭脳にはならなかったが、確かに母親の努力の賜物か、父親に上手く似たのか、母親やばあちゃんよりは歌は上手だ。
話しはかなり逸れてしまったが、つまり圭吾の一番近くに存在する、手本となるべき母親が、話し好きではあるが、どうも一方的な文章で話しかけてくるので、主語や目的語などが無かったり、とんでもないところに突然出て来たりする。そんな話し方をするから当然の様に圭吾も、それに似通った?それに倣った?それを流した?……そんな感じになってしまったのかもしれない。
という事で、今日手伝いに行って来た……は、たぶんお手伝い程度のゆる〜いパートをさせてもらっている、猫愛好家の常連が多い喫茶店で、一応働いて来た……という事で、ひがしのあづまさんは……。
「東の東さんよ」
「あー?だろうな……」
一瞬聞いた自分に腹が立つが、町内を東西南北に分けた東の何丁目と世間では言っている、その東に住んでいる東さん……である。
そんな東さんが母親の知り合い又は、仕事先である喫茶店の常連さんだなどと、圭吾が知っている訳もない事だ。
「それでね知ってる?……某大企業の親戚って言う人が東に住んでてね……」
そんなの知るはずもないし、知ろうとも思わない。
瞬時に言葉に出したい台詞だが、グッと呑み込んで聞き流す方向へと舵をとる。
「老舗のお店…って凄いよね。かなり昔の話しでさ……」
圭吾がバラエティーへ意識を持って行って、聞いているか否かなど構い無しに話し続ける……。凄い根性というよりも、只々話したいだけであると察する。
つまりは誰でもいいから、何でもいいから今日仕入れて来た情報を語りたいのだ。
……っと、ここで急に話しが止まったが、聞き流す方へと舵を取った圭吾である、静かになった、としか思わない。
「そういえば今日さぁ……門に烏が来たのよ」
……はぁ?……
さすがの圭吾も呆気に取られ、再び母親に視線を送る。
何処を何処したら大企業の親戚の話しから、烏の話しへと変わっていけるのか……。
慣れはしているものの、恐るべし母親の脳内である。