遭遇 分からない物 其の二
斗司夫さんの家に行くのに、この駅から更にバスで30分はかかる。
もはや幾度も通い慣れてしまった場所だ。
そしてあれから、あの中年女性には会っていない。
今日は斗司夫さんの家に行こうと、この間のホームとは反対のホームに降り立って、疎らな人混みの階段を降りようとしていると、雅樹は以前見かけた事のある女性に目を向けた。
その女性が中年の女性と歩いて来て、丁度雅樹の後ろを歩いて来る。
「貝塚さんの奥さん、亡くなられたんですって」
中年女性が気の毒そうに言った。
「えっ?いつです?先週一緒に帰ったんですよぉ」
まだ三十代くらい女性は、吃驚した様に声を上げた。
「先週?今週熱が上がり始めて、三日目くらいに呆気無くですって……」
「通りで顔を見ないと思った……」
「奥さんの入院長かったみたいだから……貝塚さんガックリきてるらしいって……」
「……でしょう?凄く尽くしてらしたもの……」
改札口を抜けると、二人は雅樹とは反対方向に歩いて行った。
雅樹は気になって二人の後をつけると、二人はロータリーに待っているマイクロバスに乗り込んで行った。
マイクロバスに○○○病院と書かれ、〇〇駅コースと少し小さめに記されている。
……ああ、病院の送迎バスか……
と、遠目で見つめながら納得する。
自分が通っているのか、入院している者を見舞いに行くのか……。
そして先週雅樹と、エレベーターで同乗した三十代の女性と一緒に居た老人の、長い間入院していた奥さんが亡くなったらしい、という事が判明した。
雅樹はザワザワと胸が騒めくのを覚えて、自分が乗るバスの停留所がある、反対側へ向かおうとして、先の方に見える看板を見て騒めきを大きくした。
……○○○セレモニー……
その看板は駅から少し離れた先に、まるで見つかる事を待っていたかの様に佇んでいた。
……〝あの女性〟は弔問客か……
一瞬雅樹は安堵の色を浮かべたが、それは直ぐに自分でかき消した。
……だったらこの間の違和感は何なんだ?あの視線を外せない感覚は?……
雅樹はそう考えながら、一旦もう一度改札口に向かう。
階段を降りて改札口に近づいた時に、数人の礼服を着た人達とすれ違ったが、〝あの女性〟の時の様な違和感がしない。
だが数人と思っていた人達は、思いの外大勢改札口から現れて、今雅樹が降りて来た階段を上って行く。男性も女性も……。
……やっぱり通夜があるのだろう。あの日もきっと通夜の帰りに遭遇したのだ。雅樹は不思議と沸き起こるザワザワ感が収まらずに、自分に言い聞かせる様に納得しようとしたが、どうしても違和感が拭えない。
〝あの女性〟の視線が、未だに雅樹を捕らえている。
あんなに知らない人間と、視線を合わせる事など有り得ない。
それが斗司夫さんの忘れ形見で、今や恋人という名の女性となった枝梨で無い限りは……。