不思議噺 まだ死ねない 其の三
仔猫が死んだと知った、今まで無関心を装っていた隣人達が、次々と野良猫に餌をやる様に女に言っている。
……とうとうあいつが仔猫を殺した……
と囁きあっている。
「あの女の人も、今迄避妊もせずに餌をやっていた事を反省しているので、避妊させてください」
と言う者迄現れた。
「いや、猫に餌をやらなきゃ居なくなるから」
老人は笑って言った。
すると何処の若い奥さんかは分からない、顔だけ知っている奥さんは少し顔を歪めた。
「此処に居なくなっても、他所に行くんですよ?迷惑掛かるんですよ?……だったら、避妊すると言ってるんですから、此処に居着いた野良猫全部避妊させて下さい。野良猫の寿命はそんなに長くはないし、雄猫なら何処かに行くかもしれないじゃないですか?それまで待ってあげては?今まで黙ってたんだから?」
「黙ってなんかいませんよ。さっさと捨てて来いって言ってたんだから……」
妻はそう言うと
「捨てて来てはいたんだから……それでも避妊はしない主義だとか言って、そのままだったのよ……」
かな切り声をあげる様に、若い奥さんに言い放った。すると奥さんは暫く黙ったが
「とにかく避妊だけはさせてください。そうじゃないと、あなた達の思惑通りに餓死しなくて、どこかに行ったら増えるんですよ」
その言葉が、気の弱い老夫婦の胸に刺さった。
後日老人はアパートの女に、野良猫を捨てて来ないと出てもらうと宣言した。
その後、その奥さんはあの女から、もう関与しない様に言われた様で、老人夫婦と顔を合わせても目も合わせない様になった。
そしてそんな隣人が増えた。
それは猫で大騒ぎを起こした、あの煩い隣人にも当てはまった。
彼女もまた挨拶を交わし、世間話しをしていた隣人達を失う結果となり、残忍な煩い婆ア、と陰で言われる事が増えた。
野良猫は痩せ細り点でに何処かに行ったが、餌をくれる者は存在するのだろう、一部の猫は暫くしたら少し太ってアパートのどこかに帰って来ていたが、その内帰って来る事はなくなった。
そして親しい隣人と思っていた隣人達が、存在しない事に気がついた頃、老人は夜中にトイレに起きてそのまま意識を失い。それに気付かれぬまま、妻が起きて見つけて、救急車を呼ぶ迄病院に運ばれる事はなく、老人は生死の境を彷徨いながら一命を取り留め、もはや体を動かす事もできず、食事を取ることも水を飲む事もできずに、ずっとうつらうつらとこうして、病室のベッドに横たわっている。
鼻からチューブを入れられオムツをされ、少しずつ体が硬直して足や手が硬くなって行く。
そして毎日毎日仔猫の泣き声にウンザリして、それでも息をして偶に目を開けて看護師の声を微かに聞いている。
そして夢の中では、何時も〝あの時〟に老人は存在して苦しめられている。
あの野良猫を騒ぎ立てた、死んでも忘れる事のでないだろう隣人の苦情の最中……。