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十三夜 ぬし様の別れ 其の三

「あの……いいお酒をください」

 圭吾は直ぐ近くの大通りに面した酒屋で、しどろもどろに店主のおじさんに言った。

「君って田川さん所の?」

「あ、はい」

「えっ……。大きくなったね。おばあちゃんと来ていた時は、こんなだったのにー」

 と、おじさんは手を膝の辺り迄持っていって、こんなに小さかったといっているようだ。

「もうお酒を飲める年になったか……」

「あっ……いや、まだっす」

「へえそう?こんなにデカイのになーはは」

 おじさんは、圭吾をちょっと見上げて言った。ーといっても、決しておじさんが小さい訳ではなくて、圭吾がデカイだけなのだ。

「あっ……。母親に言われて……」

「ああ、何処かにお使い物かな?お父さんは飲まなかったもんな」

「まあ……はい」

 圭吾はなんて答えたらよいのかわからない。なにせ、いえもりさまにお願いされたとはいえ、使いっぱで買いに来ているようなものだ。

 なんだか最近いえもりさまに使われている気がする。

 家を護るといいなからー。なんだかパシラサレ感は否めないのだ。




 昨日あれからいえもりさまに拝み倒されて、とにかく事情だけのつもりで聞いた話しが、なんと、たまたま友ちゃんと久々に会って、話題に出たものと思っていた〝ぬし様〟の事だった。

 ここ最近ー。といっても、あのもの達の最近は計り知れないが。


 畑を売り、マンションを建てただけでは飽き足らずー。此れはぬし様の言い分だが。

 少しになった畑もとうとう売って、今は数軒の住宅が建っている。

 残ったのは、墓の周りのわずかな畑と林のみとなってしまった。

 先祖代々ぬし様が護る土地を大切にしてきたが、その大事な土地を簡単に生活の為に手放して、とうとうぬし様が潜むには難しくなってしまった。

 此のままでは、次の代で全てを手放してしまうだろうと、愛想を尽かせたぬし様は、此処を去る事にしてしまった。



 そのお別れの宴を兼ねて、もうできなくなっていた月見の宴を催す事にしたという。

「だったらすれば」

「はい……いたしまするが……」

 いえもりさまはもじもじと、言いにくそうな素振りを見せる。

「???」

「ぬし様が今生の別れに、今一度酒屋様のご酒を召されたいと」

「酒屋様?」

「はい。彼処の通りのー」

「ああー。って、俺に買いに行けって?」

「はい。お願いいたしまする。彼処の今は亡きご当主と、よく酌み交わされたとか、いたくお懐かしみなのでござります」

「やだ」

「そうもうされず。お願いいたしまする。どうかどうかーこの通り」

 いえもりさまが、吸盤の付いた手?前足を擦り付けて拝み見る。




「そういえば、前にお婆さんがお神酒として買っていってたね」

 酒屋のおじさんが覚えていて言った。

「ああー」

 ばあちゃんが具合悪くなる前は、知り合いの神社にお祓いをしてもらいに、年に一回は行っていたから、その時にお神酒を此処で買って行っていたのだろう。

 圭吾が小学校入学の頃は行っていたから、流石の圭吾でも覚えている。

 ばあちゃんの具合が、悪くなってからは行ってないので、うちの神棚には何も置かれて居ない。

「じゃー。お神酒にしても大丈夫なものを選ぼうかー」

「はい。……それって、ぬし様にも大丈夫すか?」

「ぬし様?」

 おじさんが目を丸くして言ったので、圭吾は「まずった」と思って、なにか言い訳を考えていたら

「懐かしいな。彼処のー。畑の奥にある林の?」

 意外にも、おじさんはぬし様を知っている様子で言った。

「あっ、いや……」

 それでも圭吾は、しどろもどろになる。

「うちの死んだ親父がよく、いい酒入ると持って行ってたな」

「えっ?此処のお爺さんっすか?」

「ああ、元気で働いてた時から、大森さんのご本家の畑借りて、ちょっとだけど野菜作ってたからね。大きな蛇を目撃した事があったらしくて、畑のぬし様だーって言って、店は死んだ婆さんがやってたから、いい酒が入ると、ぬし様を出しにして昼間から一杯、畑仲間達とやって来るって零してたよ。いやー懐かしいな」

 おじさんはしみじみと言うと、店の奥から一升瓶を持ってやって来た。

「此れー。よく親父が持って行ってた」

「じゃー。それを」

「えっ?本当にぬし様なの?」

「ーじゃないんすけど。それほど美味い酒ならー」

「うん。此れ美味いよ。そう高くないし」

「じゃそれー」

 小さい時からちょっとケチな圭吾に

「お金は貯める、節約するも大事だけど、使う時にはケチっちゃ駄目よ」

 と、母親から言われているのを思い出した。

「じゃそれ、二本ください」

「二本?」

「はいー」

 金神様も参加する宴会だ。此処はちょっと奮発して、美味いという酒を二本差し入れする事にした。


 ーだがしかし、どうして圭吾が奮発しなくちゃならないんだ?


 ちょっと不満だが、此処は太っ腹な所を見せる事にして持ち帰る。

 帰宅すると、運良く母親は居なかった。

 運良くーというのは、こんな物を買って来たのを見つけられると、またいろいろ聞かれて面倒だからだ。

「久しぶりだの」

「はあー?」

 居間に入ると、金神様が今は使っていない神棚にちゃっかり座して、此れも可愛く座っているいえもりさまが目に入った。

 金神様は相変わらず、ぼやけているからはっきりしない。

「感心にも、きちんと時計を巻いておるようだの」

 コチコチとうるさい時計だが、圭吾はこの時計を動かしていれば、金神様に再び会えるような気がして、止まらぬようにネジを巻いていたので、母親にも怪訝がられていた。

 あんなに、母親が大事にしていた時は、煩がっていたのにー。

「ほおー。感心にも護りを祀っておるのか。心がけがようなったの圭吾」

「まあー」

 圭吾は金神様に褒められて照れてみせた。

 母親が仕舞い込んでいたお護りを神棚に上げている。

 何故だか金神様に対して、親近感と共に、今迄持ち合わせた事の無い、畏敬の念を抱いてしまったようだ。

 母親を助けて貰ってからずっと、ぼんやりしか見えない金神様なのに、また会える事を心待ちにしていたので、時計を動かし、お護りを敬っていたのかもしれない。

「圭吾よ」

 金神様はクイクイと右手を動かして、此方に来いという仕草をした。

「此れをもてー」

 例のごとく、左の手のひらを広げて胸元にもってきて、胸元寄りに右手を左右に動かした。

「ああー」

 圭吾は直ぐに、卓上に無造作に置かれたタブレットを手に取って、金神様に渡した。

「おお、此れよ此れ」

 金神様はとても器用にピコピコと使いこなしている。

「10月って神無月すよね?神様って皆出雲大社に行くんじゃ?」

「ほほほほっー。皆出雲大社に行くわけではないがの。もし行くとしたとて、わしはこっちの方が良いの」

 金神様は、タブレットを楽しそうに動かして言った。

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