十三夜 ぬし様の別れ 其の二
圭吾は部屋に戻ると、無造作にベッドに横になって、スマホの音楽を聴き始めた。
久しぶりに友ちゃんと話したのが楽しくて、いろいろ思い出している内に眠気が増してきた。
万が一寝てしまったら流石にまずいと思い、音楽を止めて電気を消した。
「……」
不思議なもので、さっき迄あんなに眠かったのに、いざ本気で寝ようと思うと、眠くなくなってしまった。
余りに眠くならないので、暗闇の天井に向けて、手にしていた輪ゴムを指鉄砲で飛ばて遊び始めた。
ピシ!と音がしたと思ったが、ちょっと期待する音と違ったので、気にかかり、枕元のスタンドライトの豆球をつけると、薄っすらだが明るくなって、部屋の中の物が微かにだが見えるようになった。
「うわー」
圭吾は不覚にも大声を出して天井を凝視する。
「いえもりさま?……」
いえもりさまが後ろ足の吸盤で天井に張り付いたまま、前足と三角の頭を下に垂らしてぶら下がっていて、なんとも不気味な格好だ。
「いえもりさま……?いえもりさま……」
いえもりさまの反応は無く、指鉄砲の輪ゴムが運悪く当たった事が容易に想像された。
「いえもりさま……」
圭吾は下から仰ぎ見て名前を呼ぶ。
ダランとした、いえもりさまのフニャフニャの格好は、何だかおもちゃみたいで、やっぱり不気味だ。
しばらくジッと見ていたが、いえもりさまはなかなか動かない。
流石に心配になってベッドに立ち上がり、その長い両手をいえもりさまの体に伸ばそうとした時
「うわー」
圭吾は真横に飛び降りた。その時不覚にもベッドから落ちて、尻もちをついてしまう。
デーン。自分でも赤面するほどに大きな音を立てた。
「いてて……」
誰もいないのに気恥ずかしくて口元が緩む。
「圭吾どうしたの?大丈夫?」
「なんでも無い」
母親に八つ当たりして、無愛想に言うと、母親は黙って行ってしまった。
「若、大丈夫でござりまするか?」
「いやいや、流石にグロいしょ?」
「私め、急に意識を失いましてござります。ああ、いてて……」
いえもりさまは、三角の頭を前足?で摩りながら言った。
ーやっぱ輪ゴムが当たって気絶したんだー
気の毒に思った反面、思わず笑みが零れてしまった。
「そういえば久々だね?」
「はい、お家を護らねばならぬ身でござりまするが、少々留守をしておりました」
「えっ?また金神様の所にでも行ってたりしてー」
圭吾は冗談混じりに言った。
「流石わか」
「げっ、マジか」
浜田さんの女児が鬼に連れ去られ、その巻き添えにあって、母親が死んでしまった時、いえもりさまが、祟り神で方位神の金神様に頼んで、母親を生き返らせてくれたのだが、その時金神様を呼びに行くのに、えらく時間がかかった事を皮肉って言っていた。
最近は圭吾の部屋で、まったりとくつろぐのが当たり前になってるいえもりさまが(勿論家の者には絶対姿を見せる事はないのだが)、それが此処最近、いえもりさまの姿を見ていなかったのだ。
「冬眠したのかと思ってた」
「若、私めは冬眠をいたしませぬ。またしたとしても、まだまだ早うござります」
相変わらず変な日本語だが、慣れてしまった。
いえもりさまは、ちょこんとベッドの端に座った。
ーきも可愛くもある。此れも慣れてしまったからかー。
「で?また金神様と何か企んでんだ?」
「め、滅相もござりません」
「じゃ、何しに行ってたわけ?」
「わかー、若にしてはお珍しい」
「はあ?」
「若は、なんにでも興味をお持ちにならぬお方」
「はあ?それ言い方ちげーし、意味不明だし」
「お小さい頃より、なんにも興味持たなさりませなんだでは、ありませぬか?」
「またまた、舌噛みそうな、不思議な日本語使っちゃってー。確かに、母親にはそう言われてきたけど」
「左様にござります」
いえもりさまはしたり顔で言った。きも可愛いが腹が立つ。
「ーそうだったかもしれんが、最近はちげーじゃん?この間だって、知己様のお願い事をきいてやっただろ」
「左様にござりました……。ありがたき事でござります」
「そうだろ?そうだろ。ーで、金神様となにを?」
圭吾は少しわくわくするのを覚え、いえもりさまに見抜かれそうで、すぐさま平静を装った。
「後の月を愛でながら、宴を催したく存じておりまする 」
「後の月?宴?」
圭吾にはなにがなだかわからなくて、直ぐにスマホを取り出して検索すると
ー十三夜。十五夜が初名月に対して、十三夜の名月をいうのかーん?十三夜って母親がさっき月見団子で感動していた時に、話しに出てたやつか?ー
ー宴って、宴会の事かーちっ、ようするにお月見パーティねー
「お月見に金神様を招待しに行っていたとー?」
「さようで。ここ暫く催しておりませなんだので、久方振りに名月を愛でながら一献……」
「へえ、なるほど……」
「其処で若主さまにお願いがござります」
「 ええーまた?やだ」
「そのような事申されずに、どうかお聞きくださりませ」
「やだ」
「わかー」
「絶対やだ」