不思議噺 神護りの村 其の四
「あの……。此処は何処っすか?」
「○○だよー」
「えっ?」
「○○!」
お爺さんは何度も言っているが、何と言っているのか聞き取れない。
ピーとかプーとか音が入って聞き取れないのではない。まして、お爺さんがはっきりと言っていなかったり、滑舌が悪かったりしているわけではない、さっきから神社を聞いた時と同様に、あきらかに男には聞き取れないのだ。
〝其処〟だけが、抜け落ちる感じで、男の耳に浸透しないのか、脳裏に焼き付かないのか……。
さっきの○○梨園も梨園はわかるのに、何処の梨園なのかが頭の中に入っていない。
「タクシー呼びたいんすけど、此処が何処か分からないんで、呼ぶに呼べないんすよ」
「タクシーかい?」
「あ、はい」
男は期待を持ってお爺さんを見た。
「タクシーは、今夜は来ないよ」
「はあ?なぜ?」
「だから、氏子が殺されたからさぁ」
「いやいや、さっきから氏子が殺された話しは、マジ厭になる程聞いてるんすけど……それと、タクシーとどう関係あるんすか?」
「あるよ。あってはならない事が起きたんだ。全て全て何時もの様には行かないのさ……」
男はお爺さんの顔をジッと見た。
丸顔でシミだらけの、少し色黒なお爺さんは、それは人の良さそうな表情を向けて来る。
男は一瞬お爺さんの家の中を覗き込んだ。
………爺さんだけなら……
男はそう考えて中を見ると、中には誰も居なさそうだ。
お爺さんの背後から男は殴り掛かった。
「!!!」
お爺さんはブン殴られて、地面に顔から叩きつけられた。
「何を……」
その先を言う前に、男はお爺さんを蹴った。お爺さんが動く事がなくなる迄蹴り続けた。
……気を失ったか?死んだか?……
考える間も無く家の中に飛び込んで、車のキーを探す。
玄関の下駄箱の上にあるキーを、手にして外に出ようとした時
「車は動かないよ」
お爺さんの声を背後に聞いて、男は吃驚して降り向いて、再び拳を上げたが
「!!!」
お爺さんは何事も無かった様に、殴られた傷も蹴られた傷も無く立っていた。
「今夜は何もかもが何時もとは違うんだ。ほら、氏子が殺されたからさぁ」
「あー!」
男は恐怖にも似たものを感じて、車のドアを開けてエンジンをかけようとするが、車は動く事は無かった。
「あー!あー!」
男は走った、月が煌々と光るだけの道をただ走り続けるが、微かに動く彼方の光にはいつまで経っても辿り着くどころが、近づく気配もない。
ただ、梨畑が続く道が暗く広がっているだけだ。
「此処は何処だ?何処なんだよぉ……」
男は座り込んでずっと前方を見ると、より一層と暗くなっている所に目が行った。
「林……か?」
先程施設の年かさの男が、指差していた林かもしれない……。
国道の光る所には、なかなか行けないのに、あの男が指差した林の近くには来れたのか?つまり、一応進んでいるのか……。
男は天の白い月を見上げた。
そして月明かりを頼りに、その〝ギリ〟の林に向かった。
此処まで、この辺一帯を護るという神が在わす場所だ。
この林で氏子が死んだから、だから此処から出られないのか?
いや待てよ。朝になれば出れるのか?それともこのままか?
男は急に恐怖を感じなくなって、林に向かって歩いた。
すると、背後からコツコツと足音が聞こえて来た。
男は降り向いて、その足音の正体を確認しようとしたが、想像通り誰も背後にはいなかった。
「………」
と瞬間、右隣りに女性が歩いていて吃驚した。