十三夜 ぬし様の別れ 其の一
「よお」
大学からの帰り、駅の改札口で声をかけられ振り返ると、幼馴染で一つ目上の友ちゃんが其処にいた。
「おう。今帰り?」
「うん。けいちゃんも?」
「まあ」
友ちゃんは、直ぐ近所の大森さんちの孫で、外で遊べるようになってから小学校に上がるまで、弟分としてよく遊んで貰った仲だ。
好い事も悪い事も教えて貰った……というやつだ。
母親が言うには、〝舎弟〟ってやつで、何でも真似してできるようになり、一人っ子で甘えん坊の圭吾を、よく世話をやいてくれていたらしい。
兄弟のようーとまではいかないが、舎弟分として仲良くして貰った仲だから、小学校の中学年以降、バスケに夢中になり、バスケ仲間とつるむようになって、殆んど関わり合う事がなくなってしまっても、よく遊んだ通りや、街中で会って話し込む事くらいしかなくなっても、会えば自然と会話は弾み、時間を忘れて尽きる事なく話が楽しい。
「そういえばけいちゃん、畑のぬしって知ってる?」
「畑のぬし……?知らね」
「すげえでかい蛇でさ。俺んちの墓がある所にいんの」
「へえー、すげえ」
「彼岸の時、うちの婆さんが怪我してさ」
「えっ?」
「ああ、大した事無い。ただの捻挫ー。捻挫してんのに年寄りって、無理だと思っても行きたがんじゃん?仕方ないから車で連れて行ったらさ、見たんだよーこんなにでかくて、こんな太いの」
友ちゃんは大きく輪を両手で作った後、両手を思い切り広げて言った。
「いやいや、盛ってるしょ?」
「まじまじ」
「いやー、どう考えたって盛ってるしょ」
「まじでー。こうよ、こう」
友ちゃんは大きく両手を広げたまま真剣に言った。
がたいは、圭吾ほどいい方ではないが、背が高く、目鼻立ちのしっかりした顔立ちの友ちゃんは、小さい時からのイケメンだ。
圭吾だって悪い方ではないが、母親に言わせれば、友ちゃんは断トツだそうで、確かに幼稚園の頃から女の子にモテモテだったのは知っている。
そんな友ちゃんが、真顔で子供みたいに両手を広げて、本気で言っている。
「ねえ、見て見てー」
帰宅すると母親が、待ち構えていたように言った。
台の上にピラミット型に重ねられた白い団子が、透明のケースに入って置かれてあった。
「何此れ?団子?」
「そう!十五夜さんが終わったから、もう無いと思ってたら売ってたのよ」
「へえー」
パッケージには、お月見団子(餡入)と書かれてある。
「これが感激しちゃうくらい美味しかったのに、小さいの買ってきちゃったから、凄く後悔してたんだ」
って事は、此れは大きい方かーそれが二個ー。
「月見団子って、餅だけで美味しくない感じしてたんだけど、此れは中にあんこが入ってて、すっごく美味しいのよ」
お月見団子の脇には、白いうさぎの饅頭が5個置かれていた。
「うさぎ饅頭。これも美味しいよ。此れは白あん、ばあちゃんが好きだったっけ」
母親は感慨深げに言った。
「十五夜は先月だったじゃん?此れって売れ残りってやつか?」
「 ブー。今月は十三夜さんがあるんですぅ」
むっとするくらいの、母親のドヤ顔を無視して横を向く。
「十三夜?」
「知らなかったでしょ?私も知らなかったのよ。十五夜さんと同んなじように、お団子飾って、ススキ飾って、そして秋の食材を飾ってお月見するんだって。十五夜さんより豪華だわよ」
「へえー」
「ばあちゃんが生きてたら、いろいろ聞けたんだけどね」
「月見なんかした事ないじゃん」
「最近はねー。この辺は家がひしめき合っちゃって、お月見の風情なんて、あったもんじゃないもんね」
「まあー」
「昔は、その辺からすすき取ってきて飾って、お月見したらしよ」
「ばあちゃんの子供の頃だろ?どうせ」
「ううん。仏壇の〝なむなむさん〟の頃よ、この家でー。ほらこの辺って裏のサッシ開けたら、ずーと野っ原だったから月もよく見えたんだって。すすき飾って、団子13個に栗に大豆に柿に枝豆ー。鍵なんかもかけなくても心配ない時代だったから、窓開け放してお月見したらしいわよ。風流だわねー。いいな」
懐古主義な所のある母親が、夢心地で羨ましがるのもわかるような気がする。
「そういえば、友ちゃんと駅で会って、話しながら帰って来た」
「えっ?友ちゃん元気だった?」
「元気元気。茶髪になってたよ」
「凄い。モデルさんみたいじゃん」
「そうねそうね」
小さい時から隠れ友ちゃんファンの、母親の反応は想像が付いていたから、あっさりと受け流す。
「この間のお彼岸の時に、すげえでかい蛇見たって」
「えー!何処で?」
「友ちゃんちの墓」
「ああ、畑のぬし様ね。まだ居たんだ」
「えっ?知ってんの?」
「うん。私は見たこと無いけどね。昔ばあちゃんが見たって。あの辺りには本当にいるんだって、この辺の地元のお年寄りは、皆見てるんじゃない?最後に聞いたのは……ああ……。一件隣の駐車場になってる所のおじさんが、病気になる前に畑に行ってた時だわー。そうそう。ぬし様見たっておじさんからばあちゃんが聞いて、まだ居るんだね……って話したんだわ」
「ーって、いつ頃よ?」
「圭吾が産まれてたから……。20年前くらい?その後直ぐ、おじさん具合悪くなって亡くなったんだもの。あの頃迄は確かに居たのよ。そうそうー」
「ぬし様の話なんて始めてだ」
「今じゃ家建ってるもんね。畑なんかほんの少ししか残さないで、売っちゃったじゃない?お墓どうしたろ?林が有って其処に居るって話しだったけど?」
「林はまだあんだろ?」
「そう?だいぶ小さくなったって聞いたのもずっと前よ。林の中に鳥やら鼠やらー生き物の骨が有って、ぬし様が食べてるんだろうって話しだったわ。なんだか懐かしわね……。ぬし様かぁ」
母親は感無量だ。
良き時代の話しって感じー。
まだ畑や山や川が有って、この辺一帯が林や野原で、そして土地の神様や、山の神様ー。全てのものに神様が存在して、そしてそれ等を護るぬし様達も存在し、それ等を人々は敬い尊んでいた。
人々も尊いもの達も、まだ共存しうる事ができた頃の名残りが微かに残っていた、最後の時代かもー。