不思議噺 神護りの村 其の一
梨畑が続く田舎道……。
一台の黒のワゴン車が止まっている。
今しがた止まった訳ではない、もうかれこれ三十分……一時間になるか……
兎に角止まったまま動かなくなった車を、車の中の男は動かそうと、自分の考えられるありとあらゆる事を試し、友人に連絡を取り、勧められることを試し、そしてそれら全て当てが外れ……。
「兎に角迎えに来てくれ」
と友人に懇願するが、なんせ此処が何処かもわからないし、何故かとても暗い。
夜もそんなに遅かった訳では無いと思うのだが、何故かとても遅い時間で、友人の誰一人として、助けに来てくれようとする者はいなかった。
「チッ、どいつもどいつも使えねぇ……」
それどころか、スマホの電源すら運悪く切れてしまった。
「ちくしょう……」
さすがに男は諦めて車の外に出た。
「ここはどこなんだ?」
男はそう言うと周りを見渡すが、家があるのだが、見渡す限り灯りのついている家が無い。
「今の世の中に、こんだけ家が有るのに電気のついて無い家ばかりってなんだよ……気味わりぃ」
男はそうはいっても、それこそ気味が悪いこんな所に立って居るのも怖いので、とにかく道路沿いに歩いて行く事にする。
街灯が点々とオレンジ色に照らしているが、どうやら周りは梨畑と林……のようだ。
何故梨畑だと思ったかというと、○○梨園という看板が所々に有るからで、それが無ければ、なんかの背の低い木が植えられているとしか認識できない。
梨がなっているわけでもないし、なんせ殊の外暗い……。
明るい世の中に慣れて育った男の年代には、あまりに暗い所だ。
こんな所を一人で歩いていると、妖怪や化け物や幽霊……よりも、やっぱり人間が怖く感じる。
背後から襲われて刺されるか、首を絞められるか……。
そんな事を怯えながら考え歩いていると、ちょっと先に何かの施設が目に入り、そして薄っすら灯りの玄関の中で人が動いた気配がして、男はあわてて駆け寄った。
「す、すみません」
男は玄関のドアの前に立つと、薄明かりが灯つ中に向かって声をかけた。
「夜分にすみません」
「どちら様で?」
中から年かさの男の人の声がした。
「あ……。車が動かなくなって……」
「えっ?そりゃ大変ですな」
男性はそういうと、玄関の鍵を開けてくれながら言った。
「車は何処に?」
「ああ……この先の……」
「○○○神社の辺りですな?」
「えっ?」
「○○○神社です」
「えっ?」
男は何度聞き直しても、神社は聞こえるのだが、なに神社なのかが聞き取れない。
「○○○神社には、珍しく神様がおわしなられるですよ」
「はあ?」
「いやいや神社といっても、ずっと神様が其処にお出でになるとは限らないのです。が、あそこの神社には、ずっとお出でになられるんですよ」
「はあ……」
「で、私達の古くからの者は、それはそれは崇めおお仕えしておるんです」
「ああ……いや、そうですか。あの……此処は何処っすかねぇ?場所が解ればタクシー呼びたいんすけど……」
「いやいや、神様がお出でになるという事は、それはそれはありがたい事でしてな……。我々氏子は、交代でお世話をしておるわけで……」
「だから!そんな事ぁ俺には関係なくて……。タクシーよんでくれませんかね」
男がイライラとさせて声をあらげて言った。
「神様がお出でになるこの地で、初めて!」
見るからに年かさの男は、イライラ感が頂点の男に物怖じせずに続けた。
「初めて人が殺されたんですよ〜」
「えっ?」
「幾度と言っていますがね、此処は神様がお出でになる神社の〝村〟なんですよ。絶対絶対あってはいけない事なんです」
「…………」
「村人が殺されるなんて事、あってはいけないんですよ。ましてや氏子ともなれば……」
「氏子ともなれば?」
「あってはいけません!」
男は年かさの男の気迫に息を呑んだ。