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青月 薫子様 其の終

「今一度お会いしたい、薫子様!」


 枝梨は踠き苦しむ様に、賀茂の顎を強く押しやった。が、賀茂は何食わぬ顔で、押しやられている。


「なぜこの様な事を?」


「お会いしたいからです」


「会ってどうすると?」


「どうしてもお会いしたい」


 賀茂はそう言うと、ガッと枝梨の心臓めがけて右手を押し込んだ。


「ぎゃ!」


 枝梨が声を発すると、雅樹と斗司夫さんは、呪文を唱えるのを辞めて賀茂を見た。


「何をする」


 雅樹が飛び掛った瞬間、賀茂は枝梨の中から、それは美しい女性を引きずり出して抱きしめた。


「薫子様……」


 賀茂は抗う薫子様を、慢心の力で抱きしめている。

 

「離せ実篤」


「二度と……。二度と離しは致しません」


 薫子様はその姿とは反して、それは物凄い力で賀茂ならぬ、実篤様を叩きやっている。

 顔も胸も脚も腕も……。噛むは蹴るは叩くは……。それを全て受けて実篤様は、満身創痍で薫子様を抱き続けている。

 流石の雅樹も斗司夫さんも唖然と眺めたが、雅樹は床に倒れる枝梨を抱き起こした。


「鈴木さん?」


 枝梨の瞳が雅樹を捕らえた。

 最初に此処で会った時の様に……。


「私はずっとこうしたかったのです。薫子様、ただ貴女を抱きたかったのです。生まれ変わりの貴女ではなく、正真正銘の貴女を抱きたかった。その為に私は魔物と化したのです……確かに、あの月は私の願いを聞き入れてくれた。ただ私は貴女を抱きたかった……」


 実篤様はそう言うと、泪を流してより一層強く薫子様を抱きしめた。


「貴女は最後に私を思いましたか?それとも天子を思いましたか?」


「あなたをお怨みしたに、決まっておりましょう?」


「ならばよかった……。私は貴女が最後に、私以外の者を思いながら逝ったのではないかと、嫉妬に苦しんだのです」


「は?何を……」


「永きに渡る今迄、私は私の過ちに気付かずに、過ごしてまいりました。私は主人に背く事を知らなかった。天子様にお仕えするが、全ての幸せと思って疑わなかった……。それは貴女もです。あの高貴なお方の側に在り、寵愛を受けお子を授かる事が貴女の栄華……幸せだと信じていたのです。微塵たりとて疑わなかったのです。永きに渡り……本当に永きに渡り彷徨い、現代においてやっと〝そうではない〟事に気づいたのです。私は誰よりも貴女を愛していたから、だから魔物と化して貴女を再びこうして手に入れられる為に、あの月は私を魔物としてくれたのです」


 実篤様は薫子様を、ずっときつく抱き続けている。


「それは貴女が最後に私を思いながら、月に輪廻の願いをされて逝かれたから……。貴女もずっと生まれ変わりの中に在って、私を待ち続けていたのですね……私達は妖魔です。魔物です。ただ愛を貪り望み続ける怪物なのです。ただひとつの愛しか、満足できないのです……私は貴女でなくては、満足できないのです、何百何千と生まれ変わられようと、それは貴女ではないのです。私にとっては、貴女ではないのです」

 

 ほろほろと実篤様が泪を流すと、薫子様もきつくきつく実篤様を抱きしめた。


「あなたは何時も、気がつくのが遅いのです……」


「ええ……。こんなに時を費やしました……」


 青白く輝く月は、煌々と二人の姿をひとつにして輝いている。




「やっぱ、いえもりさまが災いの元凶か……」


 高熱が引くとあっと言う間に、元気を取り戻した圭吾が言った。


「……で?賀茂は?」


「暫く古都に薫子様と旅行に行くってさ」


 アイス珈琲を一口飲んだ雅樹が、駅前のコーヒーショップで、事の一部始終を聞いた圭吾に言った。


「はあ……あの後、そんな事があったんすか?」


 何故か松田も呼ばれて、話しを聞かされている。

 松田は感慨深く、実篤様ならぬ賀茂を思ってしみじみと言った。


「まっ!松田が賀茂さんに言ってくれたお陰で、事が落ち着いたからな」


 雅樹は上機嫌だ。


「此処は俺の奢りだから、ゆっくりして行ってくれ」


「なんすか?」


「悪いがちょと野暮用で、俺はこれで失礼するが……」


 雅樹は財布から五千円を取り出して、松田に手渡した。


「マジ、松田には感謝してる」


 そう言い残すと、そそくさとコーヒーショップを出て行った。


「なんか怪しいすね?」


「あれだ、あれ」


 圭吾が地元マサイ族の〝視力〟で、遠くに見える雅樹と可愛らしい彼女さんの、姿を追って言った。


「あれは枝梨さんっていう、彼女さんすね」


 松田も負けていない〝視力〟で言った。


「あれが?薫子様の?」


「ああ、最後の生まれ変わりらしいっす」


「なんで?」


「薫子様は、あのまま実篤様と永遠の縁を結ばれて、魔物夫婦として彷徨われるらしいっすよ」


「はあ?魔物夫婦?」


「今、新婚旅行すね」


「マジかよ?」


「実篤様はいたく、いえもりさまに恩を感じてるっぽいすよ」


「何で?」


「何でも?いえもりさまが、縁の神様に言って縁を切って貰えたから、薫子様を引きずり出せたとか?」


「どうして?」


「さあ?魔物系には疎いもんで……」


 松田は賀茂から連絡を受けていた。

 小神様といえもりさまを、呼び戻す様に連絡をくれたのだ。


「俺なんて、魔物以外でも疎い……。ただ祟られたり引き込まれたり……それだけはマジ勘弁……」


 圭吾のため息が、賑やかなコーヒーショップに、響き渡るようだった。


お読み頂きありがとうございました。

お読み頂けるだけで、本当に倖せです。

また、お時間を頂くとは思いますが、マッタリと書けたらなぁ……と思っております。

宜しくお願いします。

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