青月 薫子様 其の八
……私は毎夜後悔を胸に、痛みを堪えて月を眺めるのです。そしてとうとう、貴女が悲しみのあまり、病に臥せったと聞いたのです。泪で腫れた美しく私を魅了した瞳から、あの輝く灯りが消えたと聞いたのです。貴女は私を許してくれる事は無く、目を閉じられた。最後に貴女は何をその瞳に映されたのでしょう。私は毎夜それを、今は亡き貴女に問い続けているのです。煌々と光り輝く月明かりに、我を忘れて胸の奥に抑えてしまった怒りを、解き放すのです。貴女への愛と怒りを、全て〝それ〟の意のままに解き放つのです。仮令この身が憤怒の魔物と化そうとも、私は〝それ等〟全てを解き放つのです。貴女への愛と後悔を持って……
「俺の頼みを聞いてくれ。一度でいい、一目でいいから、薫子様に会わせてくれ」
「は?枝梨ちゃんだったら、僕より簡単に会えるよね?」
雅樹は不機嫌を隠さずに言った。
「枝梨という今生の薫子様じゃない」
「紛らわしい言い方するよね?」
「鈴木、勘違いをしてる」
「は?」
はっきりと怒りを露わにして、雅樹は賀茂を睨んだ。
「俺は彼女の中に居る、薫子様に会いたいんだ」
「…………」
「鈴木に頼まれて心臓を入れ替えた時、薫子様が居る事に気がついた。今まで一度もそんな事に気がつかなかった。だが、確かに居た。だから、心臓と一緒に薫子様も取り出そうと試みたが、どうしてもできなかった……。どうしてか解らなかったが、〝田川の祟り〟説で思いついたんだ、薫子様は確かに、生まれ変わりの肉体の中に存在するんだ、そしてまたもや俺は、あの方を怒らせているんだと……。前世で薫子様に切れぬ縁ならば、知らぬふりをしようと持ちかけた……だけで、心臓を患ってしまったのに、本当に縁が切れた。俺の知らぬ所ではあったが、そうして欲しいと匂わせたのかもしれない……。だから田川が〝当てられた〟んだ……。田川の為にも薫子様に会いたい」
「俺にどうしろと?長きに渡って魔物の、実篤様ができないのに?」
「鈴木ならできるはずだ。貸しがある、返してもらってくれ」
「……………」
「俺は手助けした貸しをチャラにする」
賀茂の真剣な表情に、雅樹は吸い込まれそうに見入った。
「だったら、俺も貸しをチャラにしてもらうよ」
雅樹はそう言うと、スクッと立ち上がって、コーヒーショップを出て行った。
「あれ?鈴木さんは?」
二人分のカフェラテを手にした松田が、賀茂に聞いた。
「田川をどうにかできそうだ」
「マジっすか?」
「ああ……。あいつは薫子様の怒りに触れた」
「えー?どうして?」
「あいつの家守りのお節介が原因だ」
「いえもりさまっすか?」
「気が利きすぎて……主人に災いをもたらしたんだ」
「……いえもりさまかぁ……田川さん怒るだろうなぁ?」
「それはどうだろう?あいつの事だからな……」
賀茂はそう言うと
「ただ俺には、助けになったのかもしれない……」
「え?」
「いや……」
賀茂は松田が怪訝がる程に、真顔で言った。
月が煌々と青く光っている。
……満月だ……
それは大きく青く煌々と……。
雅樹は斗司夫さんの家の二階に枝梨と一緒に座って、その大きな月を窓から眺めた。
「今の時代、こんなに月が明るいなんて、知ることもなかったな」
雅樹は笑顔を向けて言う。
「あー。こんな所に、女子だけ誘ったなんて思わないで。一応あそこに斗司夫さんも居ますから」
雅樹は入り口に佇む斗司夫さんを指して言ったが、枝梨に見えるわけはない。
「あそこに父が居るの?」
「ええ」
枝梨と最初に会った日に、二人は雅樹の仲介で話しをした。
枝梨の言う事は斗司夫さんには解るが、斗司夫さんの言葉は枝梨には聞こえない。
だから、斗司夫さんの言葉を雅樹が告げた。
父にしか解らない事もいっぱいあるから、枝梨は雅樹を信じた。
心臓の事も有るから、枝梨は雅樹に過分な信頼を寄せた。
過分な信頼は〝恋〟と形を変える……枝梨と雅樹はそれを感じていた。