青月 薫子様 其の七
「枝梨ちゃんが、薫子様だって?」
雅樹は駅前のコーヒーショップで、賀茂を認めると跳びかかりそうな勢いで聞いた。
松田から連絡を受けて、直ぐに約束の場所にやって来た。
授業もへったくれもあったものじゃない。
「薫子様ではない。生まれ変わりだ」
賀茂は対照的に落ち着いて言った。
「……どっちでも変わらない……」
何時も冷めてる感じの雅樹が、動揺を隠せずにいる。
「それはどちらでも、想いが俺の方に向く……って事だろ?」
「…………」
「お前なら解ってる、そう思っていいんだな?」
賀茂が雅樹を直視して念を押し、雅樹はただ黙って向かい席に腰を下ろした。
「この間偶々、彼女があんたの大学の近くに居るのを見つけたんだ」
「あーあの時?牛丼屋の……」
「はあ?」
雅樹は、鋭い目を松田に向けて一瞥した。
松田は縮こまる様にして
「コーヒー買って来まーす」
這々の体で雅樹の視界から消えた。
「あの日から、なんか彼女感じ変わったから……」
雅樹は伏せ目がちに言った。
「鈴木に対する態度が、以前と違って来たか?感の良い鈴木の事だ、何かは感じたって事か?」
「え?」
「彼女……枝梨ちゃんだっけ?礼方々会いに来てから、幾度となくやって来てる。来る度に彼女の感じが変わって行くのは、俺も感じてた。まあ、キューピッドに矢を射たれたんだ、見れる者には判然だ」
賀茂は、目を伏せる雅樹をジッと見入った。
「俺らの縁は、今生限りで切れる」
「え?」
雅樹が顔を上げて、賀茂と目を合わせた。
「田川の所の家守りが、縁の神様に俺の事を言うと、縁の神様は俺と薫子様の縁を切る事としてくださった。来世の縁はない……。だが、鈴木には気の毒だが、薫子様は俺を求めて来る」
賀茂は、雅樹と目を合わせたまま続ける。
「それでも求めて来る。仮令彼女が〝望まなくても〟だ」
「……………」
「鈴木お前は今生限りだ。来世に彼女と会う事はあり得んかもしれない」
「……………」
雅樹の表情が強張った、それを見て賀茂は続ける。
「………鈴木が全くその気のない彼女に、熱を上げるタイプだとは思えん。つまり、俺は最初彼女はお前に、好意を持っていたと思ってる」
賀茂を見つめる雅樹の表情が、みるみる変わった。
「薫子様は俺への執念となってる。俺に会えば会う程、〝今生人〟の感情など〝無〟にして俺に向かって来る。そういう怪物だ……」
「賀茂さんは、どうしたいんですか?」
「鈴木……。前世で俺は薫子様の生まれ変わりに、来世は互いに知らぬ様にしようと提案した。そして今生に生まれ変わった彼女は?どんなだった?」
賀茂は返答に困惑する雅樹を、食い入る様に見つめた。
「彼女は生きて行く上で、もっとも大事な心臓を患って誕生した。薫子様の生まれ変わる意義が無くなったからか、それとも再び俺との縁を作る為か……俺は永遠に生き長らえる。薫子様は永遠に生まれ変わる。それが薫子様が最後に願い、神が聞き届けた願いだ。ずっと続くずっとだ。仮令鈴木みたいな相手が登場しようとも、薫子様は見向きもしない。仮令今生の枝梨という女性が、鈴木を選びたくとも、絶対に〝それ〟を許さない」
「……どうすればいいんだ?」
雅樹は言葉を、絞り出す様に聞いた。
「どうにもならん。薫子様の生まれ変わりだから……。来世俺らは縁を絶てる。だけど、きっと誕生した薫子様の生まれ変わりは、再びどこかを患って誕生し、鈴木の様な〝もの〟を介して再び俺と縁を結ぶか、違う手を使って来るか……とにかく縁を作り出し、それが永遠に続く、輪廻だ……」
賀茂は一旦言葉を切った。
「鈴木に頼みたい事がある……だから呼んだ」
その表情は物凄く真剣で、何かを決心した様子を表している。