表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/299

青月 薫子様 其の五

 ……今日貴女が、寂しくしておいでなのを聞いたのです。あの桃の花の様に可憐で、美しく笑うお姿が消え去ったと聞いたのです。私を虜として、未だに離してはくれないその笑顔が消え去り、毎夜この世の無情を悲しんで、泪を流されていると聞いたのです。私は体内の怒りの全てを、抑えて慟哭するのです。何故貴女を連れて逃げなかったのか、何故貴女と共に死ななかったのかと、毎夜毎夜貴女と同じ月を眺めながら、後悔に苛まれて泪を流しているのです……




「まっ、以前田川の所に来てたキューピッドに、矢を射られてるしな」


 賀茂は嘲笑する様に言った。

 猫にゃん様の紹介で圭吾の家に滞在して、暫く遊んでおいでだったキューピッド様は、賀茂の目の前で薫子様の生まれ変わりである枝梨に矢を当てた。

 経緯を何一つとして知らぬ、愛の神は二人をちゃんと選んで矢を射った。


「キューピッド様すか?」


「ああ……礼を言いに来た彼女にパシャリだ……どうにもならんと観念した……」


 賀茂は神妙な面持ちを作って、松田を見入ったままだ。


「俺の事知ってるだろ?」


「も、勿論す。実篤様っす」


「じゃ、どうして俺がこうしているかも?」


「愛する(ひと)が非業の死を遂げたので、怒りと悲しみで……」


「魔物となったからさ」


「はあ……」


 松田は神妙に言った。

 

「誰を愛したか?」


「右大臣の姫様の薫子様っす」


「松田凄いね?覚えてんだ?」


「当然す、初めて会った魔物系実篤様の事っすから……」


 松田はそれは嬉しそうに言った。


「……はい。その薫子様です」


「へ?」


 賀茂が茶化す様に言ったが、松田には理解しようがない。唖然としていると


「彼女がその薫子様だ」


 と言った。


「へ?」


「父親の右大臣の欲の為に、許嫁であった俺と別れ、泣く泣く入宮した……。じきに天子に飽きられ、病死する迄ずっと世の無情と、俺への愛と怨みを嘆いていた薫子様だ」


「怨み……って、想い続けていたのなら解るけど……」


「……怨んでたさ、さらって逃げる事も共に死ぬ事もできなかった、意気地なしの俺を……」


「逃げる?死ぬ……っすか?」


「今の時代だったら、そりゃそんな事〝あり〟かもしれないが、()()()()は、主人に逆らうなんて考える事すらでない時代だ。天子様の元に召されるは一族の誉れ……たかが右近衛の大将に過ぎない俺がどうこう考える事すら憚れる……」


 薫子は泣いた。

 実篤の胸でさめざめと泣いて


「どうかこの身を貴方様の手で……」


 と懇願した。

 だが実篤はそれをしなかった。

 貴き天子様の元に召される貴きお方を、どうして我が身如きがどうこうできるだろうか……。

 何も……何もできぬ、意気地なしの愛する許嫁を最後に見つめた瞳を、賀茂は今でも忘れられない。

 悲しみと愛情と、情け無さと口惜しさと……。

 そして薫子の瞳は


 ……決して己で命は絶たぬ……


 と語っていた。

 手を掛けなかった事の後悔を、思い知らしめると語っていた。

 そして薫子はどんなに嘆き悲しんでも、悲しみに病に伏せようとも、己で命を絶つ事はしなかった。

 最後迄悲しんだのは、すぐに薫子に飽きた、無慈悲な天子への恨みだろうか?それとも実篤への想いだろうか?怨みだろうか?

 そんな事はどうでもいい、だができる事ならば怨みであろうとも、実篤を思っていて欲しかった。

 決して天子への想いを、一滴でも残して欲しくなかった。

 だから実篤は魔物と化した。

 天子に召された薫子を想う気持ちは、薫子の〝それ〟とは違うのだと、世に知らしめたかった。

 どんなに己が悔恨の日々を費やしたかを……。

 あの時、共に死を選べる機会を逃した己が、どんなに悔い苦しんだか……。

 手放してはならないものを、手放したのだと悟ったか、それを薫子に知らしめたかった。

 己の内に滾るこの想いを……後悔を……。

 実篤は魔物と化して、薫子に知らしめたかったのだ。

 愛してやまぬ薫子は実篤の全てだった。

 仮令添い遂げずとも、天の上で幸せに愛してやまぬ、あの笑顔を覗かせていてくれさえすれば、それで良かったのだ。

 その想いを知らしめたかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ