表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/299

彼岸 知己さまのお願い事 其の終

ーお願い事があるー

と、いえもりさまに言われたら、どんなに抗っても、聞かないわけにいかないのは、いくら疎い圭吾ですら、なんとなく理解している。



圭吾はお菓子の箱に、干からびきった知己さまを入れ、いえもりさまをジャケットのポケットに入れて外へ出た。


暫く知己さまを抱えて泣いていたいえもりさまが、お願いがあるという。

此のからからに干からびた知己さまを、せめて主の元に届けてやりたいというのだ。

普段なら拒否する圭吾だが、拒否したところで、どうせ届けに行く羽目になるのは、古関からチケットを貰って、ちょい霊感持ちの母親を連れて、コンサートへ行く羽目になった経験上、拒否れないのはわかっているから、めんどくさい事が嫌いな圭吾は、無駄な抗いなどするわけがない。

以前の圭吾ならば、どうやって届けるのかー?だとか、こんなに干からびた家守の干物を届けて、なんと言うのかー?だとか、知己さまの事を何と言って説明するのかー?だとか、そんな事いろいろ理由付けして、拒否るものだが、今は呼ばれているなら、行き着けるだろうしー。行き着けなかったら呼ばれてないのだと思うようになっていて、あとは野となれ山となれー。全て思うものの流れのままにー。



案の定。

何かに導かれるように、スマホで茂木の入院している病院を検索すると、以外と呟いている人間がいるもので、見つける事ができた。

此の状態が、いいのか悪いのかはわからないが、〝呼ばれている〟って事にしておこうと、めんどくさがりな圭吾は片付ける。

都内の大学病院へ辿り着くと

「でたよ……」

圭吾はコンサートの時に見かけた、不思議なおじさんを見止めて呟いた。

おじさんはエレベーターの前に立って、以前の時と同様に深々と頭を下げた。

「やっぱおっさんか……」

エレベーターのドアが開いて数人の患者が出てきたが、誰一人としておじさんを気に止める者はいない。

おじさんが乗り込むので圭吾も乗り込むが、他のエレベーターを待つ人達は乗って来ない。

また不思議な場所にいるのだと思った。

何故なら、先程まで広がっていた雑音、騒音ー。音というものが消えていて、なんとなく見えているものが薄っすらとぼやけ、焦点が合わない変な感覚があるのは、あのコンサート会場で体験した不思議な感覚に酷似していたからだ。

五感はともかく六感が鈍く、かなりチキンな圭吾が、不思議なおじさんを感じる事ができるはずもなく、無頓着で感が鋭い母親を圭吾とコンサートに呼ぶ事で、自分の存在?っていうか、思いを知らせようとしたのだろう。

母親はおじさんの思いを察知して、いとも簡単におじさんを見つけ、なに一つ不思議と思わずについて行ってしまった。

おかげで、今回は圭吾も覚悟ができているから、すんなりと見つける事ができて、素直に従う事ができる。

おじさんが微かに指指す階数を圭吾は押した。

「おっさんって、茂木さんのなに?」

おじさんは黙ったまま、エレベーターの回数ボタンを見つめている。


エレベーターが止まった所で降りると、中央にナースステーションがあり、病室が幾つも続いている。

ドアの空いている中を覗くと、4人部屋になっていて、思ったよりも広くて綺麗だった。

奥へ行くごとに個室が広くなっているようだ。

不思議なおじさんは、ずっと奥の突き当たりの部屋の前に立ち止まった。

「此処っすか……」


此処まで来たということは……そういう事だよな?


そう自分に言い聞かせても気がひける。

「若……」

いえもりさまが、ちょっと不安げに圭吾を見上げた。

「ま……まかせろ。いえもりさま」

大きく深呼吸をすると圭吾は思い切ってドアを開けた。

大きく広がる病室にベッドが置かれてあり、其のちょっと脇にソファーが置かれ、小さめのテーブルが傍にある。

「やっと来たね」

圭吾が入り口に立っていると、ベッドの上から小さく掠れた声が聞こえた。

呆然と立ち尽くしていると、ベッドに半身を起こして、茂木が手招きしているので、恐る恐る中に入って近づいた。

「手術したからね聞き辛くてごめんね」

「手術っすか?大丈夫なんすか?」

「喉の悪い所に腫瘍ができててね」

「腫瘍っすか……」

「うん。それもほぼ悪性の可能性が高いやつ。できた所が運悪くてね、手術しても歌えなくなる可能性が高いー」

「話ししても大丈夫なんすか?」

「本当なら絶対だめ」

「あ……じゃまた……」

「本当ならね……でも君となら大丈夫」

茂木が本当に小さい声なので、圭吾は自然と近寄るようになる。

「悪性で手術してもどうなるかわからないし、成功しても歌えないんじゃー。手術してもなーって思っちゃって……。もういいかな?とか、コンサート済んだら考えようとかー。まあ先回しね。そんな時、死んだ父親の夢見たんだ。どんな事しても護りが助けてくれるから、手術するようにってー」

「あ……」

圭吾は思い出して、魚の形をしたスナック菓子の空き箱に入った知己さまを手渡した。

流石に、スナック菓子の空き箱を手渡された茂木は困惑ぎみだが、それでも父親の言葉を信じたのか、ペラペラの蓋を開けた。

「こんなになってまで……」

茂木は神妙に干からびた知己さまを見て言った。

「うちの護りの家守様(やもりさま)

「家守様っすか?うちはいえもりさまって呼んでます」

「へえ……」

いえもりさまをポケットから出すと、茂木は目を細めていえもりさまを見つめた。

「本当はこうなんだね」

「はい。そっくりでした」

「えっ?兄弟なの?」

「いえいえ、良き知己にござります」

「喋るんだ?」

「流石は我が知己の主様にござります。私めの姿を見、声をお聞きになられますとは」

「あのー、ちょっと日本語変っすけど……。見たり聞いたりできるのは、特別みたいっす」

しどろもどろに説明する。圭吾は説明が下手だ。

「父親が死ぬ時に、家守様が約束してくれたそうなんだ。命に代えても俺を護るって。父親の寿命の分まで護ってくれるってー。自分で勝手に死ぬのに、そんな約束守らなくていいのにね。まあ、父親が死んだから、保険で借金も払い切れ、苦労はしたけど、母親ひとりでも人並みの生活はできたけどね」

茂木は再び知己さまを見つめた。

「そんな夢、全然気にしてなかったんだけど、コンサートの間中父親の夢よく見てた。家守様が飛びかかってきたあの時、家守様の姿を見て夢の事信じる気になった。まあ、あの後救急車に運ばれれば、手術しないわけにもいかなかったけどね」

「ー成功したんっすよね?」

「うん。だから少しでもこうして喋れてる。完全に声帯を痛める大きさだと言われた腫瘍が、此の病院で検査した時は小さくなっててね、殆ど無理なく取り除く事ができたんで、こうして小さい声だけど話していられる。腫瘍の方の検査結果はまだだけどね」

「悪いものは、知己さまが吸い取ってますよ」

「うんそうだね。麻酔がかかってる間、ずっと父親と一緒の夢を見てた。別れる時に、必ず護りが帰るから、受け取るように言われた。うちは護りに守って貰える家系なんだから、大事にしないとね」

「ああ……変なこだわり、あるみたいっすよね」

「へんな?」

「俺もよくわかんないんすけどー」

説明が下手だから、きっと茂木は理解できていない。

いえもりさま達のような不思議な生き物?が、認めるには、〝変なこだわりがある〟と、言いたいのだが、説明下手だし緊張もあるから、余計に上手く話せない。

「本当にありがとう」

茂木は緊張している様子の圭吾を見て言った。

その言葉は、いったいなんの為の言葉なのかわからない。知己さまが、茂木を助ける手助けを、知らず知らずしたことかー。

それとも、こんなになった知己さまを、茂木の元に持って来た事かー。


「それじゃ、そろそろー」

「ああ……」

圭吾がドアを開けて出ようとした時、ドアが空いて入って来た女性を見て吃驚した。

「葉端旬子!ええっ?」

女優の葉端旬子が、圭吾の前に立っていた。

「あら?」

「大事なお客様だよ。僕の恩人だ」

「ああ……」

葉端旬子は、茂木から聞いているのか納得して頷いた。

「いろいろありがとう」

「いえ」

ちょっと圭吾は口ごもった。何故なら、葉端旬子と、柑橘類の茂木が交際しているとワイドショーで騒がれていたが、確か破局したとおめザップの芸能コーナーの?名前が出てこないが、とにかく放送していたのを、寝ぼけたまま聞いていたような?

「入院している間、看病に来てくれてるんだ。たぶん結婚すると思う。ね?」

茂木が葉端旬子に、まるで念を押すように聞いた。

「ええー」

葉端旬子は、ちょっと赤くなって頷いた。


ーそんな大事な事言っちゃっていいのかー?ビッグニュースだと呟いちゃうぜ。まあ俺はしないけどさー


そんなこと考えながら、圭吾は軽く頭を下げて部屋を出ようとして茂木を見た。

「家守様は、できるだけ緑のある場所で、ゆっくり眠らせてやって欲しいそうっす」

いえもりさまが、どうしても伝えて欲しいと五月蝿い。

「わかった。新しく建てた家には、父親が植えていた凌霄花を植えるつもりなんだ」

「うちもそれっす。蟻がいっばいつくからいいんすかね?」

「そうかー。じゃあ沢山植えるよ」

茂木は屈託なく笑って、まるで親しい友人にでもするように手を振ってくれた。

不思議と親近感を抱いて病室を出ると、病院特有の喧騒に襲われ、日常の世界へ戻っているのだと思った。



「若。サインとはなんでござります?」

いえもりさまが、病院を出て並木道を歩いている時に、ほんのちょっとポケットから、圭吾を見上げて言った。

「えっ?なんで?」

「若が、我が知己の主様に、頂いておりましたではござりませぬか」

「げっ、見てた?」

「はい。この目でしかと」

いえもりさまは以外と目ざとい。

「これは有名人に書いて貰うもん」

「有名人……?なるほど、我が知己の主様は、それは大勢のファンをお持ちのお方でござりましたな」

「えっ?いえもりさま、ファンって言葉知ってんの?」

「はい。おめザップでやっておりまする」

「ああ……。毎日おめザップ見てるのね」

「はい。若がまだ寝ておられる頃から、おめザップはやっておりまする。実に面白きのものにござりまする」

「起きるの遅くてごめんね」

「ところで若さま。サインとやらを書いて頂いた、あの物はなんでござります?」

「あっ……?ああ、色紙ね」

「色紙でござりまするか?」

「まあ、大体色紙に書いて貰うわな」

「若はいつも色紙とやらを、持っておいでなのでござりまするので?」

「いや。持って歩かんでしょ」

「では何故お持ちなので?」

「病院行く前に文房具屋に寄ったじゃん?」

「ああー。あの時でござりまするかー」

「そ。古関の分も書いて貰ったよオ」

「古関さま?」

「そ。すげえファンなんだって」

「それはそれはお喜びなさりましょう。よろしゅうござりました」

「まあ、ね。今回こんなに頑張ったんだから、この位当然しょ?」

「さようにござります。今回は本当に私め達の為にご尽力頂き、ありがとうござりました」

「ところでいえもりさま」

「なにようでござりましょう?」

「あれって……。茂木さんって、癌なわけ?だよね。悪性の癌が悪性で無くなったわけ?」

「悪しきものは退治いたしました」

「だから、悪性じゃあ無くなったわけっしょ?」

「はて?」

いえもりさまは理解できないようで、首を傾げた。

言葉に関して、圭吾といえもりさまは、同レベルだ。圭吾には失礼だがー。

「しかしながら我が知己も、あの美しきお方と幸せにおなりの主様の元で、深き眠りにつけば、思いの他早う妖気を取り戻せ、元気になりましょう」

「ええっ?」

圭吾は耳を疑って大声を発してしまったが、周りを気にして小声で問い返した。

「ちょっと待っていえもりさま。知己さまって死んでないの?」

「我らは死にはいたしませぬ。確かに果てる事はござりまするが」

「それって死ぬ事じゃ無いのか?」

「ちがいまする」

何故だかとても力を入れて絶否定する。


ーひえー


それってマジ紛らわしいしょ?まじでー。


「じゃあさ!いえもりさまも、俺の為に干からびてくれんの?」

「無論にござります。我が身に代えましょうと」

「じゃ、悪い病気したら助けてね」

「お任せくださいりませ。知己のような技を身につけるのも、もそっとでござりますれば」

「もそっと……って、いえもりさまできないの?」

「さようで。あれはかなり修練のいるものにござりますれば」

「えー?それっていつできるようになんの?」

「じきにござります」

「じきってー。いえもりさま達の直ぐって、100年も直ぐだったりするし……。もお!いつよ」

「……精進いたしまする」

「精進いたしますってー。ほんと!俺生きてるうちにしてよ。まじで」

「まじでいたします」

「まじのまじだかんね」

「まじのまじでござります」

不思議なくらい果てしなく続く並木道を、圭吾は独り言をひたすら呟く危ない人と、周りの人々に怪しまれながら、いえもりさまと話して歩いている。


彼岸 知己さまのお願い事を、最後までお読み頂きありがとうございました。

拙い文章をお読み頂けただけで倖せです。

ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ