出会い 鬼の契約書 其の二
母親の初七日が過ぎたが、浜田さんの家の女児は見つかっていない。
うちは母親を亡くした事で忙しく、浜田さんの家の事は、全くわからない。
ピンポンーっとチャイムが鳴った。いま時の、カメラインターホンじゃ無いので、 インターホン越しに確認するより、出た方が早いから玄関を開ける。
変な相手がいた所で、身長185cm。長年バスケで鍛えた体格の持ち主の圭吾に、昼間から危害を加えようとする者もいないと、たかをくくっている。
「あっ、圭ちゃん」
友ちゃんのおばあちゃんが、神妙な面持ちで立っていた。
「.....どうも」
「天ぷら揚げたけど、一杯になっちゃったからー」
友ちゃんのおばあちゃんは、大皿に乗った天ぷらを差し出した。
「ありがとうございます」
「それ、お宅のお皿に入れ替えて」
「あっ、はい」
圭吾は慌てて台所へ行って皿を探した。
「何時もこの時間には帰ってるの?」
「いや、今日は出なくてもいい授業だったから」
「そうー。お母さん亡くなったばかりだもんね。お婆さんも、お母さんも亡くなって、いろいろ不便になっちゃったわね」
「ええーまあー」
圭吾は天ぷらを入れ替えながら答えた。
「全く急だったものね。元気だったんでしょ?」
友ちゃんのおばあちゃんは、上がり框へ腰を落として聞いた。
「まあー」
圭吾は皿をおばあちゃんに返しながら答えた。
「まったくー、浜田さんちの子もまだ見つからないしー。此処からだと圭ちゃんのお母さんが、浜田さんちの子を連れ去った犯人を見てる可能性あるのにね」
「ああ。確かに窓開けてたら見えるけどー。心筋梗塞を起こすまで、夕飯の準備してたようだから、見てる暇無かったっしょ」
「だから、犯人を見て吃驚してー」
「ああー」
圭吾は神妙な面持ちで言葉を詰まらせた。その表情に 友ちゃんのおばあちゃんは、何かを感じたのか、そそくさと空き皿を持って出て行った。
あの日、薄暗がりに浮かび上がった母親の死体を目前に、呆然とする圭吾のあと直ぐ帰宅した父親が、照明をつけて母親の死をはっきりと確認した。
母親は食器棚を背に、尻もちをついて倒れ、右手に包丁を握り締め、両目をしっかりと見開いていた。
まな板の上にはきゅうりが切りかけてあり。シンクには玉葱の薄切りがザルに入れて、ボールの水に浸けてあった。
サラダを作ろうとしていた事が圭吾には察しがついた。
「あの倒れ方ならー」
きゅうりを切っていた最中に、そのまま後ろに倒れたのかもしれない。
真後ろへ立ったまま倒れ、食器棚にぶつかって尻をついたのか、妙に窮屈な格好だったが、見開いた両目は真っ直ぐ正面を見ていた。
「だが、窓は閉まっていたー。よなー??」
圭吾は窓を見て考えた。
「若主さまー。若 ..... さま」
圭吾は外から聞こえるような、小さな声を聞いて窓を見た。
「此処でございます。若主様」
窓の外で誰かが誰かに言っていると思ったが、それにしても変な会話だ。
窓の側に行って耳を近づけて、じっと静かに外へと意識を集中した。
「若 ..... 様、此処、此処でございます」
圭吾は声のする方に目線を向けて
「!!!」
一瞬目を疑ってフリーズした。
「ーあっ、いや、まさかー」
圭吾の口元が緩んだ。
「若さま、開けてくださいませ」
「いやー。鬼ヤバいっしょ。幻聴か?」
辺りを何度も見渡す。
「若さま、若さま。どうぞ此処を開けてくださりませ」
圭吾は窓の向こうに張り付いている、ちょっと奇妙な、小さな生き物の白い腹と吸盤のついた不気味な手足を直視した。
「どうぞ窓をー」
「家守さまっすか?」
微かに自虐的に口元が緩む。
ーいやいや、ないないー
あとで自笑する腹づもりで口にしたが、独り言で有り得ない事は知っているのだと、自分に言い聞かせる。
「流石、若さま。左様でござります。私めでござります。どうか、早く、早くお開けくださりませ」
圭吾は恐る恐る窓を開けた。
すると、何時も窓の外に居て、決して家の中に入って来た事の無い、我が家の家守様がスッと中に入って来た。
「マジ」
「はい、マジでございます。何時もお世話になっております」
「はいー?」
圭吾は微動だにできずに言った。