青月 薫子様 其の三
……貴女と愛でた天満月を、ひとりで幾度となく愛でたのです。しかし、涙でその神々しい姿を愛でる事はできない。今生とは無情なものだ、如何して貴女なのです?あまたに美女はいるというのに、如何して貴女を差し出される?栄華をお求めになられる?一時の栄華など貴女に代わるものでは、決してないものを……。私は今夜も貴女の幸せだけを祈って天を仰ぐのです……
夢の中で大の男が泣いている。
来る日も来る日も、後悔と悔恨に苦しみながら……。
それを高熱で魘されながら、圭吾は男の悲哀に涙を流す。
「ややや……若如何されました?」
遠くでいえもりさまの、甲高くて五月蝿い声が聞こえる。
「若!若……」
「圭吾どうしたの?凄い熱じゃない?」
母親が遠くで甲高い声で騒いでいる。
「如何したものか?金神さまは、霊山の麓の樹海で、まったりお過ごしの猫ニャンさまと犬ワンさまにお捕まりになって、何処にお出でか解らずじまい……。小さきものの私めがお探しするには、時がかかりすぎまする……」
いえもりさまが、耳元で情けなさそうに呟いている。
「大丈夫だっていえもりさま……今日何とか医者行ったから……」
圭吾は、一生懸命いえもりさまに言っているつもりだが、声になっていないらしく、いえもりさまはしくしくと泣いていたかと思ったが、次に目覚めた時には声が聞こえなくなっていた。
……金神様を探しに行ったのか?じゃ、何時帰って来るか解らないな……
気が遠くなってまた寝てしまった。
「……って事で、田川さん高熱に大変らしいっす」
松田は鈴木雅樹に、報告方々昼食の牛丼を頬張って言った。
「高熱……って、インフルには時期が早くないか?」
「インフルではなさそうっす」
松田は、食べる手を止めて見つめる雅樹を見た。
「今いえもりさまは、金神様を探しに行ってるんすけど、行く前になんかの〝祟りか〟って言い残してるんす」
「祟り?何の?」
「さあ?」
「……いえもりさまにも解らんヤツか?」
「……みたいっす」
ふーん……という表情をして、雅樹は松田を再び見た。
「小神様は?」
「ああ、いえもりさまじゃ心許ないんで、小神様も一緒にお探しに……」
「へえ?小神様、松田の側離れる事あんだ?」
「そりゃ、有りますって。今はおかんの望みって言うよか、俺との絆でおいでくださってるんすから」
松田はそれは嬉しそうに言った。
先日小神様のお供で、大神様の出雲への御成に同行して、絆が深まったようだ。
「とにかく、田川が高熱出すのは、いろいろ考えられるから心配だな、ちょっと俺なりに探ってみるわ」
雅樹は牛丼を食べ終わって店の外に出ると、意外と神妙な表情を作って言った。
何時もは冷めた感じで、圭吾の無頓着なチキンぶりを馬鹿にしている感はあるが、何だかんだと言っても、互いにいろいろ〝変なもの〟に関わってしまう質だから、心配なのだろう。
「あー頼んます」
松田は軽く頭を下げて言った。
「……じゃあ」
雅樹が急にソワソワと別れを告げるので、ちょっと気になって雅樹の後ろ姿を目で追っていると
「………」
松田は雅樹が見覚えのある女子と、大通りを挟んで向こう側で合流するのを、それはそれは目敏く見つけた。
「あれ?あの女子……」
雅樹は何時もは見せないような表情で、それは親しげに話しながら行ってしまった。
「確か賀茂さんの所にも……」
松田は自称神系に、親しみを持たれるタイプだ。
だからとは言い難いが、地元マサイ族と異名を持つ、圭吾に劣らず目が良い。
ちょっと離れてはいたが、見間違う事はない。
彼女は最近賀茂の所に、頻繁に来ている彼女さんだ。
賀茂は彼女と紹介した事はないが、二人が醸し出すなんというか雰囲気が、そう恋愛について〝神様〟程詳しく無い松田には、彼女さんに見えてしまったのだ。
彼女の賀茂を見る目つきが、どう見たって恋する乙女の物だ。
残念ながら松田は今は〝神様〟一筋だが、女友達や友達の彼女さんとか見てて、ある程度は解る。
あれは絶対に、賀茂に恋する乙女そのものの目だ。
だとしたら、雅樹との親しげな様子はなんだろう?
……えー、二股ってヤツっすか?……