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青月 薫子様 其の二

「あの時、二人が話しをしていたでしょ?それも聞こえたんです。父があなたにお願いして、()()人を探して貰ったって……。そして、心臓を私にくれたって……。()()人は、私の心臓を取ってあなたの中にあった、父の心臓を入れた。その瞬間の痛みは、今だに覚えている位痛かったけど、術後のいろんな事は殆どなかった……」


 雅樹は実篤様が枝梨の胸に手をやって、心臓を取り出した時の衝動を思い出した。

 実篤様の手からポタポタと、真っ赤な血が滴り落ちて、見ると枝梨の胸からも鮮血が流れ落ちていた。

 枝梨は苦痛に身をよじっていたが、実篤様は躊躇せずに、今度は雅樹の胸に手をやって、それは物凄い衝撃でえぐり、雅樹の中に在る斗司夫さんの心臓を取り出した。

 雅樹は苦痛に顔を歪め、跪いて突っ伏した。

 激痛に襲われる胸を抑えると、ポカリと穴が空いていて、そこからドクドクと体内の血が流れ出た。

 雅樹はその鮮血を、病院の窓から差し込む月光で見つめた。

 体内の血が全て流れ出るのじゃないかと、思われる程に血が流れた。

 それを見つめながら気を失った。

 気を失いながら、枝梨の悲鳴を聞いたように覚えている。

 ……どのくらい時が経ったのだろうか、雅樹は自然と目を覚まして、覗き込む実篤様を見た。


「気がついたか?」


「………」


「無事済んだから、安心しろ」


「む……娘さん、大丈夫なんだな?」


「ああ……」


「……よかった」


 雅樹は身を上げて立ち上がった。


「………」


 先程の痛みも、流血も消えていた。

 ベッドに横たわる斗司夫さんの娘も、静かな寝息を立てて眠っている。


「……本当だ」


「え?」


「お前の言う通り、田川は〝持ってる〟」


 実篤様はそう言うと、枝梨を一瞥して部屋を後にした。



 枝梨は翌日目を覚ました。

 胸の痛みをはっきりと覚えていたが、本当にあった事だとは信じがたかった。

 ……が、その日から体調は徐々に良くなった。

 医師が驚くほどに心臓は回復して、移植をした場合以上に良い状態となり、疾患があった患者だとは思えない状態で退院した。

 しかし、今の医療では有り得ない状態なので、暫くの通院と経過観察を余儀なくされたが、結局普通の生活をして良いことになり、通院も無くなった。

 ……だから、枝梨は病室にドアも開けずに入って来た、二人の会話を信じた。

 母が愛想をつかした父が癌で亡くなる前に、寝たきり状態の鈴木雅樹に自分の心臓を託し、雅樹を眠りから目覚めさせ、()()人を探させ、自分の心臓と枯れかけていた枝梨の心臓とを、取り替える事をお願いした事を……。

 恨み言を交え散々な言われ方をしていた父の愛が、枝梨のこれからの人生を明るい物としてくれた事を……。母が憎みに憎んだ父の能力を……。父の愛を……。


「あなたにお礼を言いたくて……無論父にも……」


「あなたは来るって思ってました」


「鈴木さんには、お見通しなんですね?」


 枝梨は朗らかに言った。


「まさか!僕はまだまだ見習いだからね」


「じゃ、どうして?父が?」


「斗司夫さんはそう期待してるんだろうけど、期待が大きすぎて……解らないんだと思うな」


 雅樹も朗らかに言う。


「じゃ、どうして?」


「父親が死んだんだから……お母さんはともかく、あなたは来るって思ってた。だって、死を間近にして自分の事より娘の事を思う父親を、思わない娘は居ないと思った。だから、僕はずっと待っていたんだ」


「私を?」


「ええ、あなたを……」


 雅樹は朗らかに笑んだまま、枝梨を見つめた。


「僕がいたら、お父さんにいろいろ言えるでしょ?違うか、言う事は可能か……。じゃなくて斗司夫さんと話しできるでしょ?僕が仲に入って通訳しますよ。あなたの言い分は、斗司夫さんに通るんだから……どうぞ……」


 雅樹はいとも簡単に明るく言うものだから、枝梨はつられて明るく笑って


「はい」


 と返事をした。

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