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青月 薫子様 其の一

……私はずっと貴女が欲しかったのです。後宮に上がられるその時まで、ずっと私は貴女を思い続けて、貴女の泣き顔を思い浮かべ、今生の空しさに慟哭したのです。夜を迎え朝を迎え……。そして、私は貴女を忘れる為に、生きる日々を繰り返したのです。どんなに身を切られる程に切なくとも、どんなに魂を千切られる程に苦しくとも、私は貴女が生きているこの同じ空を仰ぎ、同じ太陽を仰ぎ見たのです。月を愛で星々に貴女の幸せを願ったのです。ただ貴女の、貴女の為に……


鈴木雅樹は、同じ夢を見て目を覚ました。


……誰の思念だ?……


目から涙が流れた。

大の男が臆面もなく、ただひたすら泣いている。それも幾日も幾夜も、悲しげに切なげに……。

こんな思いは初めてだ、誰かの思念にしても切なすぎる。

雅樹は目覚めた後にも残る、魂の痛みに困惑する。

そんな胸の痛みを堪えながら、電車に乗って斗司夫さんが待つ、荒屋に向かった。

国道の下に旧家の屋敷が見えて来た。

その一帯に広がる田畑と森林を眺めながら、谷の方にある斗司夫さんが一人で済んで、死んで行った家が建つ。

そこに斗司夫さんを雅樹は呼び出し、霊能者としての修行をしている。


「今日も来たのね」


斗司夫さんの親戚のおばさんが言った。

雅樹が予言した通りおばさんの息子さんは、来年辺りコッチ方面に移動する話しが出ているらしい。

まだ本決まりではないが、上司から打診があったと、息子さんのお嫁さんから連絡があったようで、雅樹に対しての信頼はかなり確かなものとなった為、合い鍵を持つ事を許される様になった。


「ええ……。お宅に後継者が成長する迄の間、頑張らないと……」


雅樹はいつものように、大学生には見えないような、あどけない表情で笑顔を見せて言った。


「……じゃ、お邪魔します」


「斗司夫さんに宜しくね」


二人は会釈を交わした。


雅樹はその先の谷を横目に、ドアを開けて中に入った。

雨戸が締め切りなので、暗い中を入って行く。

二階に上がる階段を上りかかると、窓から日が差しているので、家の中の暗さに慣れた為、少し眩しくて目を細めた。


「だれ?」


玄関で誰かの声がした。

雅樹は階段から玄関を覗き見た。


「あ?」


玄関に立つ人影は声を出した。


「あ!ちょっと待って。この先の親戚のおばさんに、お許し頂いてます」


雅樹は階段を下りながら言った。


「ええ」


「えっ?」


「鈴木さんでしょ?」


「ええ、鈴木雅樹です」


玄関の人影は明るく言った。

まるで雅樹を知っている口ぶりだったので、雅樹の方が怪訝に思う。


「娘だ」


二階から斗司夫さんが覗いて言った。


「えっ?」


雅樹は斗司夫さんに気をとられて、残り少ない階段を踏み外して滑り落ちた。


「大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫……斗司夫さんの娘さん?」


「あーええ。娘の枝梨です」


「あー初めまして」


雅樹が立ち上がり、打ったところを撫でながら言った。


「初めてじゃないんですよね」


「えっ?」


「ここ……」


枝梨は心臓を指して言った。


「病院でここ……取り替えに来た時」


「…………」


「私二人を見てたんです」


「見えるんですか?」


「いいえ。私は父のようには……」


枝梨は小さく首を振った。


「……でも、あの時見れたんです」


「そうなんだ?」


「ええ……。だから、ここに来たんです。……じゃなきゃ、母は父といろいろあったから、たぶん来てない」


笑顔を見せる、とても可憐で可愛い笑顔だ。


「……じゃ、お父さん、あそこに居るの見えてますか?」


雅樹は二階を指差して言った。


「いいえ。あそこに居るんですか?」


「ええ……」


枝梨は二階に目を向けた。


「お父さん、ありがとう。あれから体調は凄くいいわ。これ、お父さんのでしょ?凄く良いわ」


枝梨が胸を軽く叩いて言った。


二階から覗く斗司夫さんは、涙を流して愛する枝梨をみつめている。


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