月魄 月兎輝夜 其の七
どんなに大人になったとしても、どんなに長い事会わなくても、友ちゃんはずっと昔のままの友ちゃんで、こうして会えば懐かしく話しができて、そして笑顔も話し方も接し方も変わらない。
「ああ、実は月兎と恋愛中のヤツと会って……」
「月兎?……なんか想像させられるものあんな……」
「……だろ?兎→月→……」
「……その月兎と恋愛って?」
「ああ……」
圭吾は大野木から聞いた話しを友ちゃんに語った。
圭吾は長文が苦手だが、幼馴染の友ちゃんは圭吾の話しを、圭吾の母親よりも理解して纏めてくれる。
「……って事は、月兎って月から来たのか?」
幼馴染の有り難さで、友ちゃんはちゃんと理解してくれた。いや、圭吾以上に理解してくれているかもしれない。
持つべきものは友ちゃんである。
「……それは、天に上がった兎達の事だと思うわ」
ケーキと紅茶を用意して木霊が部屋に入るなり言った。
「天に上がった兎?」
「ええ……と言っても、現生の兎ではなくて、天に上がった兎が天神様のお許しを得て、あの美しい月に住む事になったと……。観音様に伺った事が……」
「え?じゃ月から迎えが来るの?」
「月から迎え?」
「日本には月から迎えが来る有名なお伽噺があるからね」
「ああ……。でも、あれは月兎の話しではないでしょ?」
「そうなのか?姫君が地上に誕生する伽噺だが、僕らには兎なのかどうかは知る由もないよ」
「ああ……」
木霊は友ちゃんの言葉に頷いた。
ケーキと紅茶をベッドの脇にある一人用のテーブルに置いた。
「おもたせだけど……」
そう言うと友ちゃんの座る勉強机の上に、甲斐甲斐しくもケーキと紅茶を運んで置いた。
ちゃんと友ちゃんの好きなケーキを選んでいるし、友ちゃんも圭吾も珈琲よりも紅茶が好きだが、友ちゃんはミルクが入っているのが特に好きな事迄把握している。
こんなに至れり尽くせりだったら、別に人間でも精霊でも関係なくなってしまうのも合点が行く。
「姫君は月兎ではないし、月から迎えが来る事もないわ」
「じゃ安心だね」
「でも、月兎の輝夜であるなら、そう長い事滞在していては、身体が弱ってしまうわ」
「え?輝夜を知ってんの?」
「輝夜って、月兎の中の種族……族種?なんていうのかしら……犬種的なもので、他にもいろいろの種類の月兎がいるはずだわ」
「えっ?月兎科輝夜属的な?」
「いいえ。柴とかチワワとか……。たぶん、彼方ではそういった観念は無いと思うけど、此方的に解釈するにはそんな感じ?」
「長く滞在してたら弱っていくのかい?」
「ええ。月と地球ではいろいろ違いがいるから……」
「でも、動物の兎じゃないんでしょう?その……なんていうか……」
「私と同様の精霊からなったものでも、彼方で住めば自ずと彼方に合ったように、変化してしまうのじゃないかしら?」
「彼方?」
「圭ちゃん、今の話しの彼方は月、此方は地球かな?」
「あー。彼方と此方と其方がいろいろ有って分かりづらい……」
圭吾は照れ笑いを浮かべた。
「私達の言い方はちょっと慣れないかもしれないわね」
「いや、俺があんまり理解力ないから」
「圭ちゃんはそれでいいよ。あんまり理解しなくても、いろいろ来ちゃうんだから、理解したら大変な事になる」
「ああ……それもそうだわ」
木霊は優しく微笑みながら友ちゃんに同調して言った。
木霊は凄く友ちゃんに従順だ。
まあ、友ちゃんが相手なら誰しも従順というか、安心して友ちゃんの言う事に従う気はするが、考えてみたら友ちゃんよりも、遙かに木霊の方が長い年月を、この世で過ごしているから知っている事も多いだろうに、ひけらかす事もしない。
こうして圭吾が相談すれば、いろいろ助言してくれるが、頭ごなしでもないし、偉ぶりもしない。