月魄 月兎輝夜 其の六
……いたいた……
圭吾は小躍りするように最寄り駅に向かった。
桜の木の精霊と超ラブラブモード真っ最中の、ご近所さんがいたじゃないか……。
圭吾は面倒くさがりだから、いろいろ関わりを持つのは好まないが、決して冷淡な気質ではない。
何方かというと人の良い方だ。
困っている人がいたり、身近にいると気づけば、心を傷める事くらいはしている。
ただ、気づく事が人より皆無だったり、役立たずだったする事の方が多いだけだ。
今回のように簡単に案件を丸投げできそうな人材が居れば、それなりに動いてみようとはする。
そういう機会が無いだけなのだ。
……と、当人は思っている。思っているだけだが……。
……今日空いてる?……
電車に飛び乗ると、幼馴染の友ちゃんにラインを入れる。
すると思ったより早く返事が来た。
……大丈夫……
……今何処?相談したい事ある……
……家にいる……
……30分後に行くわ……
……OK……
「何だこれ?」
何とも可愛い笑顔の桜が、OKと言っているスタンプを送って来た。
「マジか?兎といい、桜といい恐るべしだな……」
圭吾は呆れるように吐き捨てたが、何だか照れ臭くもある。
〝恋〟とは、人間同士であれそれ以外の〝もの〟であれ最強なるものだ。
あの冷静で幼い頃から大人びていた友ちゃんが、こんな乙女チックなスタンプを使用しているとは……。
「圭ちゃん久しぶりだね」
圭吾がチャイムを鳴らすと友ちゃんは直ぐに玄関を開けてくれた。
「これ……」
圭吾は小さい頃から、母親に訪問する時は何か手土産を持参するように言われているから、帰り道で買ったケーキを渡した。
「おっ!ここのケーキ久しぶり」
「子供の頃、何かあればここのケーキだったろ?」
「はは……圭ちゃんちもか?」
「この辺の子は大体そうだった……」
「はは……あと」
「竹林堂の大福」
異口同音で言って笑い合う。
「何だか楽しそうね?」
「あっ!木霊さんも来てたのか……。お邪魔しちゃった?」
圭吾が特別な意味も無く素直に言っただけだが、木霊は恥じらいを見せて頬を赤らめた。
「お邪魔なような事は、とっくに済ませてるから大丈夫」
「はっ?」
今度は圭吾の方が赤面した。
昔から友ちゃんはカッコ良かったが、こんな台詞迄すんなり言ってのけるようになろうとは、何時まで経っても圭吾は友ちゃん舎弟から抜け出せそうに無い。
友ちゃんは気にも留める様子もなく、先程以上に頬を赤らめた木霊に、手土産のケーキの箱を渡して、階段を上って行った。
「圭ちゃん」
立ち尽くす圭吾を見て、友ちゃんは階段の途中から声をかけた。
「相談があるんだろう?」
「ああ、そうだった」
我に返って慌てて靴を脱ぎ捨て上がり框を跨いだ。
「相談があるなら丁度よかった、今日は何もなくてずっと家に居たんだ」
「おばさんやおばあさんは?」
「みんな出かけてる。だから、圭ちゃんが気にかけてくれる事は、充分に済ませてるからゆっくりして行ってくれ」
「あ?いや、俺はそんなつもりは……」
「はは……冗談だよ冗談だ。圭ちゃんがそんなに気の回る方だとは、思ってないからね」
「はい……その通りで……」
「で?なに?」
「え?」
友ちゃんは昔からから変わらない、二階の友ちゃんの部屋の中に入って、今だに残る勉強机の椅子に座って聞いた。
「相談……。圭ちゃんが相談事があるなんて、珍しいよね……」
「そうかな?」
「だって圭ちゃんって、あんまり相談……ってしないよなぁ?……って、されないの俺だから?」
「いやいや。相談自体があんまり俺には存在しないから……へへ……」
「そうだよな?そういうとこ、マジで圭ちゃんの長所だよなぁ」
「いやぁ……」
「本当そういうとこ、俺いいなと思ってる」
友ちゃんは、昔から変わらない優しい笑顔を見せた。