月魄 月兎輝夜 その五
「なんだ、うまくいってんじゃない?」
楽天家の圭吾が安堵の色を浮かべて言った。
「……まさか……英気を取られてるって悩み?……いや、そんな感じには見えないけど?」
「輝夜はそんな事しない。確かに最近痩せてはきてるんだが……」
「マジで?……俺そういう事に役立たずだから……」
「いやいや、僕の事はどうでもいいんだ」
「よかないと思うが?」
「実は最近輝夜が元気がないんだ」
「月に帰ったりしないって言ってたんでしょ?」
「ああ……だけど、見るからに弱ってる感じなんだ」
「医者に……ってわけいかないか……」
「そうも考えたんだが、そうはいかない」
大野木が力無く言うが、圭吾は大きく頷いた。
「それで……」
「悩んでたら、古関が妙な勘で俺を?」
「ああ……」
古関は圭吾と同類の〝持っていない〟ヤツだが、姉がいろいろ巻き込まれるタイプなので、勘だけは人一倍いいようだ。
圭吾自体に何の力もないが、周りには力のあるヤツが多い。
それを人一倍の嗅覚で察知している。
だが、時期が悪い。
今は神無月の月で、しこたまタブレットと戯れていた金神様は、物見遊山で大喜びのいえもりさまをお供に出雲に行ってしまっている。
実篤様である賀茂が、なんの気まぐれか心境の変化か、自分を題材として論文を書いた。
永年永年放浪していた実篤様だ。どんな立派な書よりリアリティに富んでいるに決まっている。
もの凄く偉い教授から招待を受けて出掛けて行ってしまった。
小神様も松田をお供に大神様と出雲だし、一番こういった不思議事に興味を持ちそうな鈴木も、修業とか除霊とか……そんな感じのものに行っている。
つまり、圭吾の所には役立たずの圭吾しか居ないのだ。
彼れ等が居なければ如何ともしがたい。
……とは言っても、〝弱ってる〟と聞いてしまった以上、どうにかしてやりたい気持ちは持っている。
四方八方手を尽くすかどうかは別として……。
「つまり……どんな状態なんだ?」
圭吾の脳裏には、美しい姫様の姿というより、白くてモフモフの赤目の兎が、弱ってヘコヘコしている姿が浮かんでいる。
「何も食べられないし、日に日に元気がなくなって……。息をするのも苦しげなんだ」
大野木は瞳を潤ませて言った。
「そ、それはかなり心配だよなぁ……」
圭吾は考え込む真似をした。
当人は真似てるつもりはないが、実際考えていないのだからただの格好だけだ。
暫し男子ふたりの間に沈黙が続いた。
その奇妙な空間を断ち割るように、大野木が身体を動かした。
「俺輝夜が心配だから帰るわ」
どうにもならない話しをして、余計に心配になってきたのだろう、大野木は慌てるように席を立とうとした。
「おっ!」
圭吾が立ちかけている大野木を、直視して笑みを浮かべた。
「いたいた。この件にマジで得意分野のヤツいたわ」
「えっ?」
「ああ、とにかく連絡先交換」
朗らかに圭吾がスマホを片手に言うので、大野木は半信半疑だが、自分のスマホを取り出して、互いの連絡先を交換した。
「今日か明日にでも聞いて来るから、そしたら連絡する」
「えっマジで?」
「今出払ってる奴らに比べると、俺同様非力だが、ヤツは適任……」
「適任って……」
「まあ……月兎じゃないが、彼女さんが精霊ってヤツいたわ」
「はあ?」
圭吾の頭では、月兎も精霊も一括りの存在だ。
「すっかり忘れてたが、未知の彼女さん持ちがひとりいた。ちょっと話ししてみる」
「えっマジで?えっ?えっ?」
「とにかくオタクは、心配だろうから直ぐに輝夜さんの所に戻ってて……何かあったら連絡して……」
さっきとは反対に、大野木が唖然としている間に、圭吾が慌てて席を立って店を出た。
「えっ?精霊さんの彼女さん?」
大野木は立ち尽くしながら反芻した。