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月魄 月兎輝夜 其の四

 次の日から輝夜は、昼間は可愛い兎、夜には美しい女性となって、大野木の側で暮らすようになった。

 当然の事のように大野木は輝夜に恋をした。

 そんな大野木を輝夜も受け入れて、ふたりは相思相愛の恋人となった。


「恋人……っすか?」


 聞きたくは毛頭なかったが、大野木が語り出したら聞かない訳にはいかない。

 だって圭吾は地獄耳と異名を持つくらいだから、喫茶店の騒音の中でも、 大野木が小声でいくら語ったとしても、〝嫌でも〟聞こえてしまうのだから……。

 以前から人間同士以外との恋愛というものに理解を示せない圭吾は、当たり前のような反応をした。


「あ?やっぱ不自然ですよねー」


「いや、不自然って言ったら、月兎さんの存在自体が不自然っすから……」


「あーなるほど……」


 到底理解を示そうと端からしない圭吾と違い、当事者の大野木には輝夜が自然でも不自然でも、どうでもいい事なのだろう。

 恋とは盲目というが、真実そういう〝もの〟なのだろう。

 恋とかについては多少の経験はあるものの、それこそ決して聡い方ではないので、〝こちら〟の恋愛模様など理解しようはずもないし、しようという努力も皆無な性格だ。


 恋人といっても昼は兎の輝夜だ。

 白昼堂々と普通の恋人達のようにデートができる訳ではないが、大野木と輝夜は出来るだけふたりの時間を大事にした。

 大学生の大野木ともなれば、バイトに学業にと忙しかったが、友人付き合いと学業を削って大野木は輝夜を愛した。

 美しく変身した輝夜と、泪が浮かぶ程に美しく輝く月の下の河原を散歩するのがふたりは好きだった。

 兎の輝夜を連れて昼間散歩をしても、やはり夜中の甘美で心とろけそうなあの感覚は存在しなかったが、大野木は兎の輝夜とも出歩いた。

 そんな日々が続くにつれ、大野木にやつれが見え始めた。


 ……人間ではないものとの逢瀬は、やはり人間の身体には永く堪える事ができないのか……


 大野木の脳裏に微かにそんな事が過ったが、輝夜との生活が続く中で死ねるのは本望だと思った。

 そんな覚悟のようなものまでが付き始めた頃、輝夜は月を悲しげに見つめている事が多くなった。

 かぐや……月……日本人なら大抵の人間は、想像する昔話がある、おとぎ話に心躍らせる少女ではない大野木ですら知っているとても有名なおはなし……。


「輝夜は竹から産まれたの?」


 大野木は部屋の窓から白く輝く月を、傍らに美しい輝夜を抱き眺めながら聞いた。


「竹から?前にも聞きましたね」


 輝夜は少し潤んだ大きな瞳を向けて言った。


「うん……」


 大野木が頷くと、じっとその潤んだ瞳は動かずに大野木を見つめ続けた。

 その仕草と瞳に吸い寄せられるように、大野木は習慣にでもなったかのように口づけた。


 ……兎はひとりぼっちになると死んでしまう……


 という文句を聞いた事があった。

 確か女子が乙女話しで喋っていたのを小耳に挟んだ事だが、その時は馬鹿馬鹿しい女子の会話に、気に留める事もなかったが、今こうして月兎の輝夜を愛してしまうと、その言葉が涙が込み上げる程に悲しい。


「日本にはかぐやという有名なお姫様のお伽噺(はなし)があるんだ。


「そのお姫様は竹から産まれたの?」


「うん。とても悲しいお伽噺(はなし)だ……」


 輝夜と別れる事を考えるだけで目が潤む。


「私は竹から産まれはしないから大丈夫」


 輝夜は愛らしい笑みを浮かべて大野木に言った。


「でも、最近月を悲しげに見てるから心配になったんだ」


「どうして?」


「お姫様は月に帰ってしまうんだ。迎えが来るまでお姫様は月を見ては憂いてた」


「………私は帰ったりしないわ」


 輝夜は強く大野木にしがみつき、大野木も力強く抱擁した。

 この時の月は、決して丸くはなかったがとても美しく輝いていた。

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