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彼岸 知己さまのお願い事 其の六

 気がつけば、喧騒に紛れて駅への道を歩いていて、遠くにサイレンの音が聞える。

 もはやとっぷりと日が落ちて、其処此処の建物には灯りがついている。

「あれってなんだったんだ」

 圭吾が不可思議に感じているにも関わらず、呑気な母親は今日聞いた柑橘類の音楽を、鼻歌していた。

「何が?」

「だからー」

「此処までどうやって来た?」

「歩いて」

「じゃなくて……。どうやって会場出た?」

「大勢人がいたからね。あとついて出たんじゃない?」

「はっきりと覚えてないよな」

「うーん?」

 母親はいつも事なのでさほど気にしない。って、此れはマジやばいから。覚えてないのはやばいから。

 やばい事に気づかないのがやばいからー。

「すっごく幻想的なコンサートだったね」

「まあ」

 帰りの電車の中でも、母親は少し興奮気味だ。コンサートの話しばかりになる。

「なんか、あの演出は凄く神秘的。急に薄暗くなったり、しーんとなんにも聞こえない感じになったり」

「えっ?なんにも聞こえなくなったりしねえよ」

「やだ、あったわよ。あんなに広い会場、音がしないのが不思議だったもの」

 母親は混同しているのかもしれない。そう思うと不気味さが増してくるー。

「大事なものを護ってもらうーって、言ってたおっさん覚えてる?」

「なにそれ?お隣は若いお嬢さんだったわよ。お母さんと来たんだって。おじさんとは話ししてないわよ」

「あっそー」

 母親は不思議なおじさんを覚えていなくて、だけど異世界みたいなあの体験は、なんとなく覚えているー?

 なんにしても、無頓着な母親が詮索するわけは無いし、思い出そうとする事も無い。

「ただいま」

 家に着くと、余程楽しかったのか、父親を捕まえてコンサートの話が始まった。

 気の毒にー。

 全く興味の無い父親が、長々と捕まって話される事を思うと、流石に父親が気の毒ではある。

「あっ!知己さま」

 圭吾がポケットからいえもりさま達を取り出すと

「いえもりさまー!」

 圭吾は思わず大声を発して、慌てて部屋へ向かった。


「此れなに?どうしたの?なになに???」

 圭吾は部屋へ飛び込むと、いえもりさまに詰問する。

「我が知己は、深き眠りにつきましてござります」

「深き眠りーって!どういう事だよ。知己さまガビガビじゃん?干からびてんじゃん?」

「弱ったあの状態で、悪しきものを吸い取り出しましたゆえ。このようになりましてござります」

「悪しきものってー」

「悪しきものは、悪しきものでござります」

 いえもりさまはポロポロ涙を流して圭吾に言った。

 知己さまは黒く干からびて乾燥していた。

 いえもりさま達って、亡くなるとこんなに風になってしまうのかー?

「悪しきものーって、悪いものって事だよ」

「げっ?おかんー」

 戸の外に母親が立っていた。

「はあー。なに?」

「ああ。此れチケットくれたお友達に」

 母親は手にしていた袋を圭吾に渡して言った。

「最近けいちゃん独り言多いよ」

「へへへ。そうか?」

「柑橘類ドロップス、すっごく美味しいのよ。ああいう所で買ったにしては、本当に美味しくて、お母さんもう感激しちゃって、早速仏様のお土産に供えちゃった」

「500円だっけ?」

「ちょっと高いけど、マジ美味しいから。けいちゃんに怒られなきゃ、余計に3個くらい欲しかったな。そのドロップスも入ってるから」

「ああ」

 袋を覗くと、柑橘類のタオルとドロップス……。ストラップもあった。

「こんなに買ったの?」

「うちはドロップスとストラップー。ほら」

 母親の携帯に、〝柑橘類〟って一目瞭然のストラップがー。

「もうファンなのね」

「そりゃファンになっちゃたわよ」

「はいはい」

「ちゃんとお友達に渡してよ。お礼も言って」

「はいはいわかってるって」

 さっさと母親を追いやると、からからになった知己さまを見つめる。

 傍でいえもりさまが、知己さまを抱えて涙を流している。

「我が知己よ。お見事でござりましたな。私めは知己として、鼻が高こうござりまする」

 圭吾に言葉はないー。

 干からびた知己さまが目の前にあって、どうしてこうなったのかわからないまま、どうしていいのかわからないからだ。


 悪しきもの = わるいもの

 それがわかったのは、翌日のテレビを見た時だ。


 圭吾はギリギリまで寝ているので、朝ごはんは食べれる時と食べれない時がある。

 食べれる食べれないー。とは、バイトを閉めまでやって、賄いめしを食べてくると、朝まで消化せずに胃に残っている為、朝は食べれないー事があるのだ。

 そんな遅くに食べるようになってから、朝一に腹が空かなくなってしまったが、それでもたまに、腹が減る事がある。そんな時は食べれる時ーとなる。

「お茶漬けでも食べる?」

 だから、母親も朝食はお茶漬けとか、ふりかけとか、あっさり簡単なものを聞く。

「いや、いいや。なんか飲み物でもー」

 居間の所定の場所に座り込むと、既にテレビがついていて、勿論画面には〝おめザップ〟が映っていた。

 父親はとっくに出て行っていて、圭吾もあと十数分もしたら支度しなくてはならない。

 圭吾が余りコーヒーが好きではないから、卓上に紅茶が置かれた。

「柑橘類の人が入院したんだって」

「えっ?」

「ああー。ほら」

 画面には柑橘類の茂木の顔が大きく映っていた。

「コンサートって中止になんの?」

「まだあるんだ?」

「さあ?」

「なにも言ってなかったわよ」

「そ?」

 だが、圭吾が授業を受けて帰って来る頃には、状況を把握する事ができた。

 電車の中でスマホニュースを見ると、茂木は暫く入院する事になり、残りのメンバーでコンサートを続けると書かれてあった。

 だが茂木が病気なのか、怪我をしたのか、はたまた重傷なのかー。は、わからないままだ。

 

それをじっと見ていたが、圭吾は大きくため息を吐いて、窓の外の景色へ目を移した。


 帰宅して直ぐさま食事を済ませて部屋に入ると、以前にも増して知己さまの体は、黒く干からびて硬くなっていた。

「どんどん色が黒くなるじゃん?」

「若主さまー。お願いがござります」

 圭吾はじっといえもりさまを見つめ、いえもりさまも圭吾を直視した。



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