月魄 月兎輝夜 其の一
或る日、圭吾はバイト仲間の古関の、友達だという大野木と会っていた。
大野木はガタイはいいが、見た目はちょっと間抜け感が漂う、人の良さそうな男を凝視した。
「君は見えるんだよね?」
喫茶店の隅の席の奥側に座った大野木は、店内の騒音にかき消される程の小声で聞いた。
「へっ?」
地獄耳の圭吾だ、聞き取れなくて出た言葉ではない。
全くもって不本意な質問ゆえに飛び出した言葉だった。
「……いや、だから……」
「いや!見えません」
「えっ?」
今度は大野木が、困惑の色を露わにして言った。
「古関に何を吹き込まれたか知らないが、俺は全く見えません申し訳ありません」
深々く頭を下げた。
「えっ?えっ?……いや……まじ?……いや……困るんだけど……」
大野木は大慌てで立ち上がると、頭を下げ続けている圭吾の手を握りしめて言った。
「……いや……困られても、困るんだが……」
圭吾は申し訳無さそうに頭を下げ続けて言う。
「僕は、見えないんだ……ってか、無いんだ。その……霊感とか……れ……霊は特に見たくないっていうか、会いたくないっていうか……」
圭吾はハッと閃いた様に顔を上げた。
「霊的なものだったら、いい奴紹介できるけど……」
人の良さそうな顔面が、満遍ない笑顔と化した。
「霊……?」
大野木は一瞬考える表情を見せて、圭吾の手を放して再び腰を落とした。
「霊……じゃないんだ……」
再び大野木はじっくり考える様に言った。
「霊……じゃない?」
「う……ん?たぶん霊……じゃない」
「じゃ、なんなの?」
と聞いて、圭吾は〝しまった〟という表情を作った。
……霊じゃないなら紹介のしようがないじゃないか……
いや、まてよ鈴木は霊じゃなくてもいけるかもしれない……
圭吾の頭の中で、ぐるぐると鈴木に押し付ける算段が渦巻いていく。
「兎……」
大野木はさっきよりも、更にか細い声で言った。
「へっ?」
地獄耳ゆえに、どうにか聞き取れたので出た反応だ。
「兎……?いや、夜になると兎じゃないからな……」
大野木がブツブツと独り言を繰り返す。
「……たぶん……たぶん俺では無理だと思う」
大野木の様子とその言葉から、圭吾は鈴木に押し付けるのは無理だと判断して言った。
鈴木は確かに有能な霊能者らしいが、未だ修行の身だし、ついこの間トラブって圭吾が巻き込まれて、彼方とかいう所に行って、帰って来れなくなってしまった。
だが、それは霊と関わりがあった事だったが、大野木の要件は霊とかではなさそうだ。
霊ではないのなら、見習いとはいえ霊能者という肩書きの鈴木には、関係のない事柄って事になり得る。
押し付ければ、鈴木の事だから首を突っ込みそうだが、又しても巻き込まれては困るから、ここはさっさと断わってしまった方が賢明というものだ。
面倒くさがりの圭吾は、こういう判断はズバ抜けて早くできる。
「……じゃ、その紹介できるという人を……」
「あ……そいつ霊専門。霊能者の見習いだから……」
「霊能者?……いや、違う……霊じゃない……。兎なんだが、すこぶる美女で……。すこぶる美女なんだが、月の兎なんだ」
「へっ?」
「ああ、そうそう……。月の兎なんだ。月兎の輝夜」
「月兎のかぐや?」
……え〜なんだそれ……